仏壇文化研究所(BBI)では、仏壇を通じて日本人の精神世界の研究や伝統文化の啓蒙に努めている。BBIではこの7月、55年ほど前までは行われていた位牌分けをふたたび啓蒙するため、「徳分位牌」と銘打ち、一般顧客への周知活動を開始した。同会の設立メンバーの一人である、株式会社はせがわ代表取締役社長の新貝三四郎氏に活動の背景や狙いについてお話をお聞きした。
道徳観を継承する「徳分位牌」
『徳分位牌』とは宗教的な意味合いや宗派や地域を超えて、故人をしのぶための位牌を各人の手元に持とうという提案である。
「実家へ帰省した折に、お仏壇の前で祖父母や両親に手を合わせることは、今でも多くの家庭で行なっていることと思います。しかし、かつての日本人が行ってきたように、日常のあらゆる機会に手を合わせて、敬いと感謝と礼儀を示す機会そのものは減っているのではないでしょうか。お彼岸にお仏壇を中心にして親族で集まる体験なども減少してきており、手を合わせる機会が減っていることは、その大切さを伝えてこなかった我々の責任でもあります。そこで、『徳分位牌』で礼儀のための場を整えるという考え方を伝えて、自身の心の中心軸を作り、故人も喜ぶことを行なうことをお勧めしていきたいと考えています。これは、宗教的意味合いというよりも、祈りの文化や道徳心の次世代への継承ですね」。
新貝氏によると、氏が店長を務めていた30数年前の仏壇店の店頭では、独立した家族にも日々手を合わせる場として位牌を用意するために「お位牌を分けますか」と聞き、位牌分けをお勧めしていたという。何もないところで手を合わせるよりも、対象があるほうが人は手を合わせやすくなる上、自分の精神安定のための中心軸もできる。今の時代も、「ご両親に手を合わせる場所を作ってはいかがですか?」とお勧めすることが祈りの文化継承につながると考えた。BBIの会合でも多くのメンバーが賛同。メンバーの一人・森正氏(森正株式会社相談役)が僧侶真言宗瑠璃山妙法寺 白川剛久上人に相談し、親が子に対して抱く人として正しく育ってほしいという思いを、人としての生きるうえでの正しい道=徳と理解して、その徳を両親の没後も分かち合うという意味で、「徳分位牌」と命名した。
「徳」という漢字の旁は、「十」「四」「心」という漢字から成り立つ。14という数字は、「八正道」(人として正しく生きる八つの実践徳目)の8と「六波羅蜜」(俗な人間が徳を積む上での六種の修行)の6を足した数でもある。親の徳を分けた位牌の前で手を合わせれば、「親の目に恥じない生き方を」と反省もするだろう。欲にまみれた自分ではいられないだろう。手を合わせる機会によって、自分自身の道徳観が出来上がると、メンバーの意見が一致した。
7月には「徳分位牌」の周知を図るポスターも製作。特定のメーカー名は入れずに店舗に掲示し、一般のお客様に「徳分位牌」を提案するものだ。
本人の精神世界観を啓蒙
位牌を置けば、その故人の家となる仏壇を小さくとも用意したくなると考えられ、それも仏壇市場の縮小の歯止めの一つにもなると考えられる。だが、BBIの狙いは単なる位牌分けで売上を上げるためではないと新貝氏は語る。その狙いは、仏壇の前だけでなく、「ありがとう」「いただきます」と折に触れ手を合わせてきた敬い、感謝と礼儀の文化やその心の豊かさ、つまりは日本古来の精神世界観を次世代に継承することだ。
「お仏壇を持たない家庭も多いし、戒名をもらわず、通夜葬儀を1日で行なうことも増えています。ご供養のすべてを簡素化すると、日本の手を合わせる文化はなくなっていくのではないでしょうか。すると日本の文化や道徳観はどうなるのか」と、新貝氏は危惧する。
「25代先祖を遡ると、自分の先祖の数は33,554,432人以上になるといいます。その先祖が一人として欠けると自分は存在しません。ですから、先人たちが積み上げてきたものや考え方を継承する、徳分位牌の考え方も、手を合わせるという心につながるものと思います。
今はものの豊かさを追う時代ではなくなりましたし、宗派によるしきたりの違いも問われることも減りました。それなのに、今は滅多に、お位牌分けを勧めていませんし、手を合わせる習慣も減っているのは、お仏壇業界の責任でもあると思います。まずは、徳分位牌でもよいことをお客様に知ってもらいたいですね」。
手を合わせる対象があれば、故人が諭した人の道とともに、故人も思い出の中に生き続けるだろうと新貝氏は期待を込める。
「お客様はお位牌を複数作ってよいことを知らないので、自分からは作ろうとしません。しかし、例えば遺骨のペンダントなどを手を合わせる拠り所にしている方はたくさんいます。だからこそ『徳分位牌』の存在を知っていただきたいのです。
親が先祖に手を合わせている後ろ姿を見ることで、子供やさらにその次世代に、目に見えない力に生かされているという感覚をもたせることができると思いますし、謙虚さや他者を重んじることを覚えさせることもできるでしょう。手を合わせる機会がなくなったから現代日本の道徳観は地に落ちたと結論づけるのはいささか性急ですが、敬いと感謝と礼儀に基づいて道徳観を取り戻せるのではないでしょうか。
目先の利益も必要ですが、経済人としては効率主義やマネジメントスキルだけでなく、日本人として企業はどうあるべきかを考え、世のため人のために役立つことも重要だと思います。微々たる行動であっても、やらないよりは、まずやってみるほうがいい」