シンガポールのお墓は15年で掘り起こされる!アジアの“メルティングポット”シンガポールの葬送事情

終活アンバサダー 村田ますみと考える「後悔しないの人生の仕舞い方」第6回

 7月の終わりに、葬送文化の視察のために初めてシンガポールを訪問しました。

 現地で案内をしてくださったのは、シンガポールで110年の歴史を持つ葬儀社アン・チン・モーグループのアン専務取締役ほかスタッフのみなさん。

 数日間の滞在でしたが、シンガポールという国の特徴と、そこで人々がどのように弔われているのか、実際に目で見てアウトラインを知ることができました。

アン取締役(写真左)と筆者
スタッフのみなさんと、海外搬送施設「FlyingHome」にて

多民族、多宗教の小さな経済国シンガポール

 シンガポールの国土面積は、約720平方キロメートル。東京23区より少し大きいくらいのサイズです。そこに、約546万の人々居住しています。(外務省データより)

 シンガポールは国際金融都市として知られていますが、特に、日本では“失われた20年”とされる1980年代後半から2000年にかけて、むしろ急激な経済発展を遂げ、国民一人あたりのGDPは7万2794ドル。これは日本の3万9312ドル(ともに2021年世界銀行データより)を大きく上回り、世界でもトップクラスの経済先進国となっています。

シンガポールの死亡人口推移

 シンガポールの死亡人口は年間約2万人強で推移していましたが、新型コロナウィルスの影響が強かった2022年には、初めて2万5000人を超えました(ちなみに同年の日本は158万2033人で、戦後初めて死亡者数150万人を超えました)。いずれにしても、死亡率は6パーセント弱と、日本の約半分です。

シンガポールの民族構成

 多民族・多宗教の人々が共存共栄して暮らしているのがシンガポールのいちばんの特徴ですが、民族的には中華系が最も多く、次いでマレー系、インド系となっています。

シンガポール国民の宗教

 宗教で見ると、仏教、道教、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教などさまざまな宗教が共存し、シンガポール全土をパッチワークのように彩っています。中華街を歩いていると、仏教寺院を通り過ぎた先にヒンズー教の寺院があり、その先にイスラム教のモスクがあるというような街並みが印象的でした。

 宗教や民族によって居住区を分けず、1つの集合住宅には必ず多民族をバランスよく入居させる政策が取られているそうで、お互いが友好的に共存しているシンガポールを、アンさんは「人種のメルティングポット」と表現されていました。

シンガポールのお葬式の特徴と、火葬が急激に増えている理由

 お葬式と宗教は切っても切り離せない関係にありますが、やはりシンガポールでも宗教の伝統にのっとった宗教儀礼が行われています。ただ、この10年で「自分は無宗教」と答える人も増えており、日本と同じように、今後は変化していくかもしれません。

 ヒンズー教とイスラム教には独特の葬儀の習慣があるため専門の葬儀社が施行しますが、アンさんの会社では、それ以外のすべての宗教に対応しているそうです。

 シンガポールの葬儀は、東南アジアの多くの国々と同じように、「Wake」(通夜)に日数をかけるのが特徴です。お亡くなりになったご遺体は、まずケアセンターに運び込まれ、エンバーミング(防腐処置)を施した上で、ご家族の希望により、3日、5日、7日など、ご自宅や集会場や葬祭ホールで数日安置をした後に、埋葬あるいは火葬されます。

 Wakeの期間中、ご家族はご遺体の近くで、親族や友人知人など弔問客の接待をし、ともに時間を過ごします。日本のように時間が決まっておらず、いつでも故人のお顔を見にいけるのが大きな違いだと思います。

仏教式のWake祭壇の一例(アン・チン・モーグループ提供)
キリスト教式のWake祭壇の一例(アン・チン・モーグループ提供)

 Wakeが終了し、最終日には宗教儀礼にのっとった告別式が行われ、棺は会場から運び出され、埋葬あるいは火葬に進みます。

 シンガポールでは、1998年に法律が改正され、墓地への遺体の埋葬は15年間という期限が設けられました。これは狭い国土を有効利用するための措置で、この法改正により、火葬を選ぶ人が急激に増えました。

国営Mandai火葬場の外観
火葬炉に入る前の告別ホール

 シンガポール唯一の公営火葬場、Mandai火葬場を訪問しました。

 4つの火葬炉の手前に、告別ホールと炉前のビューイングルームが設置されています。

 火葬された後、改めて別棟の収骨センターに予約を入れて、火葬翌日以降にご家族が収骨し、ご遺骨を持ち帰ります。

収骨センター(火葬場とは別棟にある)
収骨室(骨壷に遺骨を収める部屋)

シンガポールの納骨堂と、唯一の公営墓地

 火葬後の遺骨の行き先で最もポピュラーなのは、納骨堂です。火葬場と同じ敷地に、公営のMandai納骨堂がありました。1つの区画には、骨壷が1つまたは2つ収蔵できるようになっています。シンガポールの公営納骨堂は、このMandaiと、公営墓地Choa Chu Kang Cemeteryに設置されている2カ所のみ。そのほかは、宗教施設や一般企業が運営する納骨堂であり、いろいろなバリエーションがあるそうです。

国営Mandai納骨堂

 現在、シンガポールで唯一土葬が可能な公営埋葬墓地Choa Chu Kang Cemeteryは、中心街から車で1時間くらいの場所にありました。中華系の墓地、イスラム教の墓地、ユダヤ教の墓地、子どもの墓地、とエリアで区画を分けて整備されています。土葬の期限が15年と定められたことから、各区画のお墓は埋葬から15年経つと、基本的には火葬されます。イスラム教など宗教的に火葬が禁じられている人々は、掘り起こしたあとは合葬されるとのことです。

Choa Chu Kang Cemeteryの様子。
中華系のお墓
イスラム系のお墓
子どものお墓

シンガポールで新しく始まった地上散骨、そして海洋散骨

 2019年に、この墓地の敷地内に新しく「Garden of Peace」というエリアが誕生しました。これは、シンガポールで初めての公営散骨場です。火葬の広まり、埋葬や納骨スペースの限界、経済的理由やサステイナビリティといったことが背景にあると思いますが、この新しい葬法は国民に受け入れられています。

 火葬場で細かくされて筒状の収骨容器に収められたお骨を、白い玉砂利と草で覆われた散骨スペースに撒き、水を散布するという仕組みになっています。お花を手向けてベンチでゆっくり追悼することができますが、墓誌など故人の名前などは一切残りません。

参考動画:シンガポールで初めての公営散骨場「Garden of Peace」の様子
(提供:シンガポール政府環境庁)

 海洋散骨も、シンガポールでは以前から受け入れられている葬法の1つです。現在では、全体の約6%程度にまで普及しているそうです。

 アンさんの会社では、ご家族が海洋散骨を希望する場合、アメリカから輸入したシェル型の水溶性骨壷に火葬場で収骨し、チャーター船で散骨セレモニーを行っています。

シェル型の水溶性骨壷で行われる海洋散骨(アン・チン・モーグループ提供)

葬儀社アン・チン・モーグループ、アン専務取締役に聞く「これからの葬送はどうなる?」

 8月29日から31日まで、東京ビッグサイト(東京都江東区)にて「エンディング産業展」が開催されました。

 今回、私はこの産業展において、シンガポールを含むアジア4カ国の海洋散骨と日本の海洋散骨の最新動向について、90分の講演を行ないました。

 アンさんは、この講演のためにシェル型骨壷をシンガポールから運んできてくださり、日本の聴講者に対して各国の新しい葬送を紹介するお手伝いをしてくださいました。

2023年8月30日に開催されたエンディング産業展での講演の様子

 また、9月10日から14日までは、アメリカのラスベガスで、NFDA(全米葬祭ディレクター協会)国際エキスポがあり、そこでもアンさんとご一緒させていただく機会がありました。

2023年9月10日NFDA国際エキスポ ウェルカムパーティーにて、シェル型水溶性骨壷メーカーのみなさんと

 新型コロナウィルスによる国境閉鎖の数年間を経て、久しぶりに日本とアメリカの葬祭展示会に参加されたアンさんに、この2つの海外渡航で感じたこと、アフターコロナの葬送はこれからどうなっていくのか、そして今後の展望について、コメントをいただきました。

「シンガポール、そして世界の各地で葬送がこれからどのように存続していくかは、人と人とのつながりの強さに大きく左右されると思います。

 結婚式、誕生日、葬儀といったお祝いごとやイベントは、人間関係の強さが大きく関係します。

 今回、日本とアメリカの葬祭展示会に参加して共通して感じたのは、人々のために奉仕をしようとする意欲、常に学ぼうとする意欲、そしてグリーフ(悲嘆)に対する社会のニーズの変化に適応しようとする意欲でした。

 これらは、エキスポやセミナー、そして私が世界中の葬儀ディレクターと交わした交流のなかに表れていました」

 国や文化が違っても、「人を弔う」ということの本質は共通であること。

 特に、シンガポールのような多様な文化が共存する世界では、違いを受け入れながら、本質を追及していく姿勢が大切なのだと気づかされました。

 ラスベガスで開催されたNFDA国際エキスポについては、こちらのコラムであらためて報告したいと思います。

取材協力:アン・チン・モーグループ

コラム
2023.09.21