仏教に心寄せる若者・ファミリー・外国人に 宿坊体験・境内キャンプ&RVを提供

臨済宗妙心寺派

大泰寺(和歌山・那智勝浦町)

那智山を望み、勝浦の海もすぐそば。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」がある熊野古道の清らかな空気も感じられる。そんな豊かな自然に恵まれながら車や鉄道駅からのアクセスも良好という絶好のロケーション。宿坊体験・境内キャンプ体験、そして座禅、写経、仏像、水墨画……仏教の世界とたっぷり触れ合える旅やアウトドアライフは、この上なく魅力的なものだ。
心安らぎ、日常と少し違う面白い空間――西山十海住職はお寺の持つ社会的価値をしっかりとつかみ、事業として明解な形で表現することで潜在的なニーズを掘り起こす。その思想と手段は、人とお寺の未来を明るく照らし出す。

大泰寺 西山十海住職

豊富な自然と歴史・文化を生かし、仏教を広げる観光事業

那智山・海・熊野古道

山の中に厳かに立つ大泰寺は、一見すると車がなければ行けない奥深い土地にあるように映るが、実はJR西日本・紀伊本線の太地駅、または下里駅から徒歩30分でたどり着ける。また、熊野古道を歩いて来る人もいるという。そんなに不便な場所ではない。
山里との海との距離が近いのも特色で、水質の良い海水浴場、有名なサーフスポットも車で5~10分。勝浦温泉、全国屈指のまぐろの産地、捕鯨の歴史やホエールウォッチングなど、観光のリソースには困ることがない

宿坊を開く

「関西の観光業者さんの話では、那智勝浦町は近畿の観光分野のエースらしいです」
2016年、34歳の若さで第17代として就任した西山住職は、自分と同世代、あるいはより若い世代の仏教への関心、そして那智勝浦に日本文化の匂いを感じて訪れる外国人観光客のインバウンド需要に着目。アートギャラリー、コンサート、ヨガ教室、フリーマーケットなどのイベント活動の延長線上に観光を位置づけ、2019年9月に宿坊を開設した。
2020年11月にキャンプ場を開設し、今年6月にバージョンアップしてリニューアルオープン。キャンプ場およびRVパークは広大な境内を利用したもので、日本初の試みだ。宿泊客には座禅や写経の体験、寺院内の仏像や水墨画の見学も提供している。
「宗教体験や、那智勝浦町のダイナミックな自然に触れることで心を調え、明日に向かう気力を養ってほしい。そしてリピーターになって頂いたら、禅のより深い部分、人生とは何かといった深いテーマについても、私との対話を通じて気づいて頂ければ、と思います」。
一つ計算が狂ったのはコロナ禍で海外からの観光客が取り込めなくなったこと。それでも日本在住の外国人が見つけて宿泊にやって来るという。

  • キャンプ場

  • 夜のキャンプ場

  • RVパーク

  • 宿坊ロビー

  • 宿坊

お寺ステイ

現地での運営・管理は大泰寺で行っているが、広報活動・予約管理などは、東京にある株式会社シェアウィングに委託している。同社では寺院での滞在や体験を通じて「心と体を調える時と場を日本から世界に届ける」ことをビジョンとし、世界中へ世代を超えて“働き学べる”場としてお寺での滞在サービス〈お寺ステイ〉という事業を行っている。
文化、教育、芸術の発信の場でもあり、地域の核となり経済や安全の基盤となってきた歴史のあるお寺こそ、日本を代表するシェアの象徴の場となり、世界に誇れる新たなエコノミーを体現できる――お寺の存在をそう位置づけ、大泰寺だけでなく全国にあるお寺の活性化に取り組んでいる。

  • 座禅体験

  • 鐘つき体験

天台宗と臨済宗の特徴を併せ持つ稀有なお寺

密教のお寺から武士のお寺へ

大泰寺は約1200年前に最澄ゆかりの天台宗のお寺として始まり、平安・鎌倉・室町と古い時代の仏像が揃っている。ところが江戸時代になって紀州が徳川御三家となってから臨済宗へ改宗したという歴史がある。
なぜ改宗したのかについては文献が残されていないが、西山住職は推理を巡らせる。
「周囲が田園地帯なので、大泰寺の周辺に那智山の荘園があり、ここはその荘園を管理する那智山の分院のようなお寺だったのだと思います。平安時代から戦国時代を通して、寺社勢力は武士への敵対勢力でした。全国に広がる熊野神社の総本山那智山に、武士も常に脅威を感じていたのでしょう。天下を統一した徳川家は那智山の勢力を削ぐために経済基盤だった大泰寺を武士寄りの宗派である臨済宗に切り替えさせたのだと思います」

  • 以前の大泰寺の様子

  • 大泰寺(本堂内)

  • 大泰寺(薬師堂内)

  • 夜の本堂

  • 大般若法要

  • 大般若法要

  • 法要

仏像と水墨画が共存

そうした歴史を持つ大泰寺ならではの特色が、仏像と水墨画という異なるベクトルのアートが共存していることである。
一般的に禅寺では水墨画と庭園が有名で、仏像を多数所有しているところはほとんどない。また、反対に密教系のお寺で水墨画や庭園を多数鑑賞できるところも多くない。しかし、ここではその両方を鑑賞でき、座禅の体験もできる、密教系の寺院と禅寺の特徴を併せ持つ珍しいお寺なのである。

クラウドファンディングを活用して仏像修復

檀家に頼らず全国の仏教・仏像ファンの共感を促す

西山住職はこうした古い仏像の修復に際し、檀家の寄付や行政の補助金などに頼らず、クラウドファンディングを利用してお金を集めた。
ご多分に漏れず、この地域でも少子高齢化が進み、檀家数が減少し、年金生活の独居家庭も増えている現状ではもう以前と同じような維持・保存活動は困難である。
そこで取り組んだクラウドファンディングで達者なプレゼンテーション力を発揮し、多くの人の共感・賛同によって満額を達成。毘沙門天・不動明王を修復し、次は十二神将の修復を予定している。また、宿坊やRVパークを開く際にも費用を賄った。

ご縁づくりというメリット

クラウドファンディングは単にお金を集めるだけでなく、様々なメリットがあるという。
「まずクラウドファンディングをやること自体が宣伝になります。AKB48みたいに売れない時代から関わると、自分が関わって育てている、もっと応援したい、といった気持ちになれるようです。そして、活動を見て寄付をくださる地域の方・檀家さんも出てきます。シェアウィングさんの〈お寺ステイ〉とのご縁もクラウドファンディングでうちの活動を知ってくださった方のご紹介です。いろんなご縁が作れることも、この仕組みの面白さです」

左:修復された毘沙門天像 右:十二神将のうち6体

観光=防災の思想のもとに

旅とダンスの大学時代と教員時代

新しい試みに次々とチャレンジする西山住職は英語が堪能で、大学時代はアジアやヨーロッパを旅して回った。ダンス部に所属しており、英国ロンドンではストリートダンスを学びつつ半年ほど在住した経験もある。
卒業して僧職を取った後、中学の英語教師として東京で6年、和歌山で3年、教鞭をとった。東京にいた頃は陸上部の顧問をしており、東京の陸上大会では当時、まだ中学生だったケンブリッジ飛鳥選手や大迫傑選手が活躍していたという。

災害をきっかけに帰郷

和歌山に戻ったきっかけは2011年の東日本大震災と紀伊半島大水害を目の当たりにしたこと。後者では台風12号による大雨で、土石流などの土砂災害が多数発生し、故郷が被害に遭ったため、地元に貢献しようと心に決めた。また、住職不足が那智勝浦町周辺では顕著で、周りの和尚からの要望もあったという。

宿坊事業のもう一つの意味

宿坊を開いたのは、観光と同時に防災の意味合いもある。
「快適な宿坊は、いざというとき地元の方のための快適な避難所になります。また、宿泊者のためにストックしている水やトイレットペーパーなどの消耗品は、非常用の備蓄品を兼ねています。また、キャンプ場利用者に境内地の竹林にある竹を使った工作体験を提供しようと研修を重ねていますが、スタッフがこうした経験を積めば、非常時も竹林から食器や調理器具を作り出すこともできます。さらに、RV用の区画にキャンピングカーを停めれば、それが臨時の仮設住宅になります」

防災はミッション

紀伊半島大水害では、この地域で死者は出なかったが、ほとんどの家屋の1階が水没した。その翌年、大勢の高齢者が亡くなっている事実に驚愕したという。
家の中に泥が入って雑菌が増えた衛生上の問題なのか、それとも精神的なダメージが原因なのかはわからない。そして災害死と認定されるわけでもない。しかし西山住職はそこに自分の果たすべきミッションを感じたという、それが現在の活動の原動力にもなっている。

のびのびと

南海トラフの大地震の発生も視野に入れ、避難所の役割も担う大泰寺だが、平時の境内のキャンプ場にはほのぼのとした光景が広がっている。「小さな子が声を上げながら走り回っているのを見ると嬉しくなります。昔のお寺ってこうだったなぁと思い出がよみがえります。わたし自身ものびのび遊んでいました」忙しい毎日を送りながら奮闘する西山住職は、子供時代を思い出し、しみじみと語った。

  • アート展

  • ヨガ教室

  • コンサート

月刊仏事 8月号に掲載されています

掲載記事

お寺
2021.09.27