横浜のエリート教師から伊賀の「坊主先生」へ “もう一つの学校”寺子屋の運営に心血注ぐ

真宗高田派

大仙寺(三重県・伊賀市)

忍者の里として知られる三重県伊賀市にある大仙寺は、堤正史住職、堤真人副住職、親子2代で運営するお寺である。真人副住職はちょうど2年前の2020年春、横浜市の教員職を辞めて妻子とともにUターン。実家の大仙寺で地域の小中学生のための寺子屋を開いた。それとともにイメージを塗り替え、人々の人生に寄り添って生きていくお寺の在り方を強調。経済面でも生活費をお寺の収入=檀家の負担に頼らず、独立採算で賄っていくことを信条としている。
「子供の主体性を育みたい」という大仙寺の寺子屋における教育活動は、地域のメディアでも取り上げられて注目を浴び、また、檀家・地域の人たちのための寺葬にも力を入れている。今回の取材では、真人副住職からお話を伺った。

堤真人副住職

寺子屋大仙寺を実現

自分の学校を創る

真人副住職にとって、帰ることは創ることとイコールだった。
「自分の学校が作りたかったんです」
周囲からの評価とか気にせずに、子どもと関わる場所を創る――それを実家である大仙寺で実現した。開設に当たっては、かつての同級生らが協力してくれた。副住職夫婦は子育て世代なので、同様に子どもを育てている元・同級生の保護者らが地元にいる。彼ら・彼女らから話を聞き、どんな施設にすればいいのかを十分検討できた。
かくして寺子屋・大仙寺は2020年7月にオープン。スタッフは基本的に副住職ひとり。時々、妻である若坊守がお手伝いする。ちなみにも彼女も同郷で教員。しばらく子育てで休んでいたが、転居後、復帰して伊賀市の小学校に勤めている。
生徒は最初は同級生らの子供たち。それからだんだん口コミが広まり増えていった。副住職は「坊主先生」としてすべてのプログラムを手作りし、地元の子供たちと向き合うことになった。

寺子屋入口

幸福な子供時代を過ごす小学生クラス・未来を考える中学生クラス

週2回の小学生クラスのテーマは「幸福な子供時代を過ごす」。自分たちで本を作るなど、子供が主体的になれる活動が中心のカリキュラムにしている。学校と学習塾と学童クラブをミックスした学び・遊びの場を目指し、月1回、イベントも開いている。
週1回の中学生クラスは受験勉強が中心。それにプラス、自分の未来を考える時間を大切にしている。過疎化の進む伊賀市だが、坊主先生は「子供たちがこの小さな田舎町から広い世界に出ていくことを誰も止めることはできない」として、毎月1回、ユニークな大人との出会い(ゲストティーチャーの講演)を提供し、キャリア教育を行っている。
また、平日の寺子屋とは別に月1回、寺子屋の子供たちが企画・運営するお祭りで毎回、100人以上の子供たちが遊びに来る「南無フェス」、月2回、誰でも参加でき、クイズラリー、修行、子ども縁日などを開く「お寺で遊ぼう」など、子どもたちといっしょになって楽しい場を作っている。

寺子屋 小学生クラス

死の体験旅行®

もう一つ、大仙寺が年に数回、一般の人を対象に、定期的に提供しているコンテンツがある。以前、本連載でご紹介した「死の体験旅行®」である。
これはもともとアメリカのホスピスで医師や看護師が、患者や家族に寄り添うために開発されたプログラムで、日本では倶生山慈陽院なごみ庵(横浜市)の浦上哲也住職(第9回・2020年5月号掲載)がこれを研究し、誰でも自然に参加できるようアレンジした上で普及させた。
真人副住職は横浜を離れるとき、なごみ庵を訪問。同じ真宗高田派の浦上住職とはすぐに打ち解け、実際に体験することに。同住職が定例開催している椎名町の金剛院(本連載第1回・2019年2月号掲載)におけるワークショップに参加し、ぜひ自分でもやりたいと訴え、メソッドを習って認可を取り、大仙寺で開くようになった。
参加者は若い人、自己の内面と向き合いたい人、医療関係者などが多く、毎回、定員はすぐにいっぱいになる。お寺で開く意義として、怪しい宗教やスピリチュアル集団の儀式などと誤解されることなく、ごく自然に出来ること。檀家さん以外の人がお寺とご縁を結ぶ良い機会が作れること。そして、様々な人たちの死生観を問う内容なので、数多くの気づきを得られ、貴重な学びの場になることなどを挙げた。
「皆さん、すっきりされて帰っていきます。心の重荷がとれて、自分がやるべきことが見えるという感想をいただきます。体験するにはお寺の雰囲気はぴったりですし、人生を前進させる場になっているのではないでしょうか」

死の体験旅行 当日

新しい大仙寺の出発はこの2年間、順風満帆だったが、今年2月、悲しい出来事が一つあった。ホームページやチラシのイメージ画を描いてくれたイラストレーター(およびエッセイスト)の友人が40代半ばの若さで亡くなったのだ。
「大仙寺をどんなお寺にしたいのか、彼女からインタビューを受けて、語ったビジョンを絵にしてもらいました。これを大事に今後もお寺づくりを進めていくことが弔いになると今、強く感じています」真人副住職は最後に、静かにそう語った。

記事の全文は月刊仏事 4月号に掲載されています

掲載記事

お寺
2022.04.26