仏教界の二刀流! 展示会ビジネスとモダンなお寺づくりを両立

真宗興正派 附谷山

眞教寺(香川・高松市)

四国・香川県の中心地・高松市の郊外。山歩き愛好家らに人気の伽藍山の麓に佇む眞教寺は江戸時代初期から400年の歴史を誇る由緒あるお寺だ。その第15代住職を務める佐木剛住職は、じつは私たちに非常になじみ深いビジネスマン――毎年、葬儀供養業界のビジネスチャンスを創出する「エンディング産業展(セレモニージャパン)」の生みの親、TSOインターナショナル株式会社の代表取締役である。この10年間、高松と東京を絶えず行き来し、宗教家兼ビジネスマンとして、お寺の経営革新と巨大な展示会ビジネスの双方を成功させた。その“剛腕二刀流”の秘密を解き明かす。

眞教寺 佐木剛住職

萬燈珈琲店と萬燈宿坊

憩いとコミュニケーションの場を提供するカフェ

最近、古民家をリノベーション改装した飲食店・小売店がよくテレビやネットなどで紹介されているが、眞教寺本堂の隣に立つ「萬燈珈琲店」もその古民家カフェとして人気を集めている。パスタ、ピッツァ、スイーツ、ドリンクなどのお洒落なメニュー、そして天井が高く、木製のテーブルやチェアを配置したゆったり落ち着ける空間は、2017年の開業以来、地域の人たちに大好評で、毎日のように足を運ぶ人もし少なくない。ちなみに「萬燈」という名は、この地域の古い地名「万灯」に由来したものだ。

  • 外観
  • 店内
  • カウンター席
  • 左:石窯ピッツァ 右:ランチプレート
  • 石窯

感動体験を提供するカフェ

カフェの隣には翌年の2018年にオープンした「萬燈宿坊」がある。本堂から続く門徒会館の一部を改築した施設で、和洋計5室がある。食事は萬燈珈琲店で取れるほか、共有ダイニングキッチンがあるので、近所のスーパーで食材を買ってきて自炊もできる。
ロケーション的には若干不便だが、宣伝・予約はAirbnbのシステムを利用。お寺ならではの清潔感とおもてなしに対する好感度が高く、コロナ前は外国人も良く訪れていた。
珈琲店が地域の人に憩いの時間を提供するのに対して、こちらは地域外から来た人たちにお寺・仏教に触れる旅の感動体験を提供している。

  • 宿坊・玄関
  • 宿坊:囲炉裏のある広間
  • 宿坊・和室
  • 宿坊・洋室

遊休施設の有効活用

「いずれも地域のコミュニケーションを作れる場として設えました。この地域でも今後、門徒の数が減っていくことは明らか。それはお寺を活用する人が減ることを意味しています。お寺というのは本来、施設運営業ですから何とか使っていただく人を増やさなくてはいけません」
そう話す佐々木住職は、2011年に先代の後を継いで就任した時点で「10年計画」を立てた。経営の収支、施設改修の時期と費用、また、その費用の捻出方法などを検討し、10年後(=今年2021年)にどんなお寺になっているか具体的なビジョンを設定したのだ。
その結果、5年目から毎年少しずつ施設を改修。並行して中間地点となる5年目から、ほとんど遊休施設となっていた門徒会館を改修。地域の研究とマーケティング調査をしっかり行い、適切な宣伝をして、良心的なオペレーションをしていればお客は増えていくだろうと算段。新事業として珈琲店と宿坊を開き、収益を上げるようにした。運営には副住職である義弟が当たっている。
施設運営業であるのにも関わらず、全国ほとんどのお寺の活用率は年間30日程度、つまり1年のうち、9割以上の時間は利用されていないという。眞教寺の場合もそうだった。
「お寺でおくつろぎくださいと言っても、人は寄り付きません。けれども喫茶店なら気楽に来られる。そしてお茶をしにきているうちにだんだんお寺に親近感を感じていただける。そうした効果を考えています」

10年計画の完了

眞教寺の広報・宣伝活動、地域の人との接点づくりとして、この二つの施設は重要な役割を担い、順調に成果を上げている。
終盤にはコロナ禍という想定外の厄災に見舞われたものの、10年計画は当初の目論見どおり、無事に完了。「ほぼ100点満点」と佐々木住職は自己採点し満足している。周囲からも「きれいなお寺に生まれ変わり、活気も戻った」と高い評価を得ており、喜んでいただいているという。

  • 開山400年記念法要
  • 本山大相続講
  • 鐘楼
  • 本堂は2016年秋に改修
  • 本堂天井には龍が描かれている

佐々木二刀流 誕生物語

30歳で日本有数のオーガナイザーに

15代住職として跡を継いだが、10年あまり前まで佐々木住職は僧侶になることも住職になることもまったく考えていなかった。眞教寺は実家だが、もともと彼は次男である。おぼろげにきっと兄が継ぐのだろうと考えつつ、大学卒業後は展示会主催会社に入社した。
すぐにこの仕事の面白さにはまり、夢中で働いて仕事を覚えた。そして30歳を過ぎる頃には日本に希少な展示会オーガナイザーとして信頼されるようになり、すでに第一線で活躍していたのだ。

兄と父の他界で二刀流を決意

しかし2000年に本来、跡を継ぐはずだった長男(兄)が若くして交通事故で他界。2010年にはまだ還暦を過ぎたばかりの父が、末期のがんで余命わずかであることが発覚。そのため眞教寺の未来は彼に託されることになった。
当時、佐々木氏はある展示会主催会社で雇われ社長を務めており、香川県の寺院の住職と兼業することで売り上げを落とし、迷惑をかけるわけにはいかないと辞職した。
しかし、数百億円の経済を動かす貴重なオーガナイザーが、伸び盛りの若さで仕事から身を引くのは、業界にとって大きな損失になる。そう考えて周囲はなんとかとどまれないかと説得を重ねた。
そこまで求められているのならと、佐々木氏は「二刀流」になることを決意。ただしすべて自分の責任でやっていきたいと新会社「TSOインターナショナル」を立ち上げた。住職の仕事と共倒れにならないよう、副業としてごく小規模に細々とやっていこうという計画だったそうだ。

TSOの成長

2011年10月4日に父が他界した後、眞教寺を継いだ佐々木住職兼社長の二重生活が始まった。東京における展示会プロデュース、高松における住職の務めと寺院改革10年計画の実行。当初はうまくできるかどうか不安が大きかったという。
しかし、その佐々木社長のもとには吸い寄せられるように優秀なスタッフが集まってきた。そして設立後3年、4年と経つうちに当初の目論見を裏切ってTSOは日本でも有数の展示会プロデュース企業として成長。大規模な展示会を年間20本以上も手掛けるようになった。
二つの仕事は正業・副業といった区別はなく、住職兼社長の中ではまったく同じウェイトを占めているという。実際、1年のうち東京のオフィスにいる期間が半分、高松のお寺にいる期間が半分。50:50ではなく、100:100で取り組んでいるという。こうして驚きの佐々木二刀流が誕生した。

展示会プロデュースと布教活動の類似点

展示会の仕事は布教活動に似ている――そう佐々木住職は言う。特に新規で立ち上げる場合はそうだ。全国を行脚し、仏教の恩恵を人々に説いて回り、日本の仏教の礎を築いた親鸞聖人のように、一社一社、企画書や資料を持って訪ねて回って説明し、まだ形がない「〇〇展」「△△フェア」を想像してもらう。
大勢の人が集まり会場に活気がみなぎる。新たな出会いの場が生まれ、商談の場ができる。幾多のビジネスチャンスをつかむことで、商品、サービス、事業そのものが大きく発展する。そんなイメージを思い描いてもらう。
そして展示会に参加することの意義・メリット、そこから広がる可能性を信じてもらい、その上で数十万~数百万円の出展料を出していただく。それはお寺への寄進・お布施に準えられる。
こうして100、200、300という団体が集まり、一種の教団のような形になって、開催日には何万という人が集まる。いったんそういう形ができ、目の前で賑わう光景が展開されると、ほとんどの人は展示会の有効性を認め、信じ、「参加してよかった」「次回はうちも参加したい」といった声が上がる。ひいてはその業界の未来に希望が持てるようになる。
そう考えていくと、確かに展示会の役割はお寺・宗教の役割と重なって見える。「最初は誰にも信じてもらえず大変ですが、出展者を集めるのはすごく楽しい」とは、長年この仕事に向き合い、本気で愛して数多の展示会を生み出してきた敏腕オーガナイザーならではのコメントだ。

メイキング・オブ・エンディング産業展

スポーツ関連の展示会から発展

住職として供養の仕事を兼任する佐々木社長が、ひとしおの想いを込めて起ち上げたのが、おなじみのエンディング産業展である。
第1回が開催されたのは2015年12月。その前年、以前からスポーツ関連の展示会を開いていたTSOに介護業界から相談が持ち込まれた。弱った肉体をトレーニングすることで高齢者が自立と健康を取り戻すという介護業界の新たなニーズに、体のことを専門とするスポーツ業界が協力することで介護ビジネスの新時代が訪れつつあった。
介護の問題は終末期医療・ケアの問題に繋がっており、それは葬儀・供養業界のニーズにも繋がっていた。それぞれの業界の実力者らとコミュニケーションを重ね、関係を構築する中で、ライフエンディング全般をフォローする展示会というコンセプトが自然と出来上がっていたという。
当然、そこには制作に当たるTSOのトップが住職であることもポジティブに捉えられていた。自ら供養の仕事に携わっている人がトップなら、エンディングに関わる業界のことをよりよく理解してくれるだろうという期待と信頼があったからである。

エンディング産業の新時代へ

佐々木住職・社長がその期待・信頼にしっかり応えたことは言うまでもない。エンディング産業展がこの業界にとって欠かせないイベントになり、業界全体の明るいイメージづくりに貢献し、すでに7年間継続してきたことを見ればそれは明らかだろう。昨年・今年とコロナ禍に見舞われ、出展社数も入場者数も減ってしまったが、佐々木住職・社長のやる気はまったく萎えていない。継続している出展者はもとより、復帰を考える企業、新規出展を考える企業に対して、来年、さらにその先にあるアフターコロナの時代についても考え合わせ、常に新鮮な情報を用意してアプローチを始めている。

月刊仏事 10月号に掲載されています

掲載記事

お寺
2021.10.12