人とのつながりが分断されたいまだからこそ、実店舗ならではの価値を提供していきたい

株式会社安田松慶堂(東京都中央区)

代表取締役社長 安田元慶氏

コロナ禍により、実店舗での販売を主としている仏壇仏具店は大きな打撃を受け続けている。銀座本店ショールームのほか、関東圏の百貨店でも11店舗をかまえる老舗仏壇仏具店の株式会社安田松慶堂も、緊急事態宣言下で百貨店での営業休止を余儀なくされるなど、コロナ禍によって大きな影響を受けてきた。コロナ禍以降の約2年間、どのような姿勢で経営と向き合い、会社の存続に力を尽くしてきたのか。8代目の後継者である代表取締役社長の安田元慶さんにお話を伺った。

株式会社安田松慶堂 代表取締役社長 安田元慶氏

コロナ禍での営業と経営状況

2020年4月7日に7都府県で新型コロナウイルス感染拡大に対する緊急事態宣言が発令されて以来、首都圏では現在(2021年10月)に至るまで4回の緊急事態宣言が出ている。その度に、百貨店を含む一部の大型商業施設では休業、もしくは時短営業を余儀なくされてきた。
安田松慶堂が店舗をかまえる百貨店も例外ではなく、1回目の緊急事態宣言が発令された2020年4月8日から約1〜2ヶ月の間、百貨店での営業を休止せざるをえなかった。
「弊社にとって、百貨店での商いは売上の柱です。緊急事態宣言下でも銀座本店ショールームでは土日・祝日以外営業を続けていましたが、売上の面では厳しい状況でした。とはいえ、当時は会社の経営よりも人の生死のほうが切実な問題だったので、我々スタッフも含め、身の安全を守りながら営業を続けていくことにしか頭がまわりませんでした」
百貨店での営業を再開後、安田さんは2020年の年末までに前年比80%まで売上を戻すことを目標にしていたが、実際には同年9月〜10月頃には目標を達成していたという。しかし、年末から年明けにかけて第三波が訪れ、2021年1月7日に2回目の緊急事態宣言が発令されたことが致命傷となり、そこから売上がなかなか戻らなくなった。
「最初の緊急事態宣言が明けた後は、4〜5月になかなか買い物に行けなかった方がお店に戻ってこられ、8〜9月に仏壇を購入してくださるということがよくありました。しかし、再びコロナの状況が悪くなったことで、買い物できないストレスよりも、外出するリスクのほうが高くなってしまったのでしょう。そこからは、買い物するためだけの外出はしないという方向にシフトしていき、店頭で買い物をするという習慣が全体的に失われてしまった印象があります。また、葬儀やお通夜、法要をしなくなったことで、お位牌や仏壇だけでなく、数珠が本当に売れなくなりました。コロナ禍により新しい需要が生まれる一方で、失われていく需要に対してなにができるのか。血を流していろいろなものを削ってきた中で、これ以上なにを削ればいいのだろうと煩悶しています」

次の代へとたすきをつないでいく

コロナ禍以降、安田さんは1年後、5年後、10年後、30年後の未来に向け、どういったかたちで会社を残していくのかをより真剣に考えるようになった。
「私の代で会社を大きくすることができれば、それはそれでいいことなのかもしれません。しかし、私にとって最も重要な役割は、7代目から預かったたすきを、きれいなかたちで9代目につないでいくことです。私は長いリレーの中のただの一走者にすぎないのだから、スタートダッシュを決めてごぼう抜きをするとか、区間新記録を出すといった役割ではないとあらためて思うようになりました」
9代目にたすきをつないでいくため、なにをつくり、なにを削ぎ落としていくのか。自問自答するなかで、実店舗への思いがより深まっていったという。
「弊社はリアルな店舗でリアルなサービスを提供することにこだわってきました。商品を実際に手にとって買い物をする喜びをお客さまに味わっていただきたいからです。もちろんいまの時代において、ECサイトも必要でしょう。しかし商いにおいて、最終的にはやはり人と人とのつながりがもっとも大切だと確信しています。今後たとえ会社のかたちが変わっていったとしても、リアルな店舗での商売を追求していかなければ、会社として存続できないのではないか。コロナ禍によって人と人とのつながりが分断されてしまったからいまだからこそ、そこに力を注ぎたいと逆に思うようになりました」

仏壇仏具業界が担うべき役割とは

仏壇仏具業界が右肩下がりにあるいま、業界はどこに伸びしろを見出していけばいいのだろうか。安田さんはひとつのアイデアとして、「宗教観や風習など、各地域のスタンダードを伝える役割を担ってはどうか」と語る。
「核家族化やマンションスタイル、宗教離れといった外的環境の変化により、仏壇がモダンになったり、祈りのかたちが個人主義的なものに変わっていったりしました。それらをふまえ、仏壇仏具がなぜ家に必要なのかということを、現代のバージョンに直して業界全体で示していく必要があると思います。でもそれをやろうと思うと、各都道府県において宗教観や風習が異なるし、東京でも西と東で異なるといった問題につきあたります。だったら業界全体で協力し合い、地域の慣習にもとづいた地域スタンダードをつくって、それをマップにしたりデータ化したりして伝えていく役割を担ってはどうかというのが私の提案です。地域のなかで仏壇仏具店の存在感を示すひとつの手段になりえるのではないでしょうか」
また、会社の存続においては、「若い人の感覚で店を新しくつくり替えていく必要がある」と安田さん。
「買い物をするお客さまが60代、70代だからトップも同じ年代でいいかというとそうではなく、トップは若い人のほうがいいというのが私の考えです。反対に現場のスタッフは歳を重ね、経験値が上がるほど説得力が増すので、残してほしいと思います」

銀座のご縁から人の輪を広げていく

対顧客にかぎらず、日頃から人とのつながりを大切にしているという安田さんにとって、銀座で商売する人とのつながりが心の拠りどころになっている。
「幸いなことに、銀座の地で商売をしている他業種の経営者や多くの仲間・先輩方とつながりがあります。同じ悩みを抱える者同士と相談することができるので、孤独に陥りにくく、心の支えになっています」
ときには、銀座のつながりから思いがけない話が舞い込んでくることもあるそうだ。
「街のイベントを手伝ったり、顔を出したりしていると、いろいろなところからお声がけをいただきます。たとえば、先日テレビ東京の『なんでも鑑定団』という番組に出演させていただいたのですが、それも本業以外の人のつながりがきっかけで決まった話です。発信者、受信者という線でのつながりで終わってしまうSNSとは異なり、リアルなイベントを通してつながった関係性は円になって広がっていきやすい。ご縁の『縁』とはサークルの『円』でもあると思っています」
銀座でのつながりをより強化していく一方で、今後は外部に向けたアピールにも力を入れたいという。
「ゆくゆくは銀座の中心地、それも一階の路面店で商売がしたいと考えています。そのためにも、機会があればテレビ、ラジオ、YouTubeなど、どんな媒体でも積極的に露出していき、外部へのアピール力も強めていきたいです」

月刊仏事 11月号に掲載されています

掲載記事

仏壇
2021.11.11