僧侶:千原靖賢(ちはら・せいけん)
各業界を牽引するトップに、これまでのキャリアや手がけている事業・ビジネスのポリシー、そして未来への思いなどを聞く「TOP Point of View 〜トップインタビュー〜」。
今回は、昨年5 月に天台宗の僧侶として得度した千原靖賢氏にご登場いただく。芸人「千原せいじ」として、芸能界の第一線で長く活躍してきた同氏が、50 代なかばにして突如僧侶となったのはなぜなのか? その背景にある動物供養への思い、そして新たなYouTube チャンネル「靖賢寺」において発信するにいたった経緯とは──。
株式会社鎌倉新書代表取締役社長・小林史生が話を聞いた。
小林:昨年5 月に得度され、天台宗の僧侶になられたことが大きな話題になりました。あらためて、その経緯をお聞かせいただけますか。
千原:以前、友達が「亡くなったペットと一緒の墓に入りたかったけど、まわりから反対された」という話をしてたんです。僕はそんなん知らんかったんでいろいろ聞いてみたら、自分の家はペットと一緒の埋葬をOK してても、自分の家の隣のお墓のやつが「なんでうちとこの墓の隣に動物の骨を納めんねん!」と文句を言うてくることもあるらしくて、「そら面倒やなあ」と。それともうひとつ、2023年に千葉県の山奥で映画の撮影があって、毎日、往復200キロを自分で運転して通ってたんですけど、道すがら、その山道でいっぱい動物が死んでたんですよ。たぶんクルマに轢かれたんでしょうね。撮影が大変で体力的にも気分的にもしんどいときに、そういうものを見て余計しんどなって。
そんなことが続いた後に、別の友達から「寺を譲り受けたんやけど、お前、坊さんなるか?」って連絡があったんです。「もし僕が動物専門のお坊さんになってお経をあげることで、人間と動物が一緒のお墓に入れるとか、動物の扱いがよくなるとか、そういうことができるんやったらええな」と思いまして。その友達が天台宗さんに縁があって、動物専門の僧侶というやり方ができるのか確認してもらったら、「ええですよ」ということやったんで、「ほな、やります」と。
小林:しかし、芸能界でご活躍されている中で、かなり思い切った決断だったのではないでしょうか。
千原:50歳を過ぎてまったく知らんことにチャレンジする機会なんて、なかなかないじゃないですか。そういう意味でもチャンスやと思ったんで、すぐ「やる」って言いましたね。この得度に限らずですけど、いちいち考えてたら時間の無駄なんで。「やる/やらん」は感覚でいいんですよ。やっていることに対して意味を持たすとか、何者になるかなんてのちのちの話で、やり始めはなんでもいい。これまでずっと、思いつきで「やろう」と思ったことをやってきました。芸人になるときも、なんにも考えずに「楽やし、儲かるらしいで」で始めてますからね。
小林:ペットや動物に対する思い入れはもともと強かったんですか?
千原:動物にはわりかし好かれる人間なんですよ。『世界の村で発見! こんなところに日本人』(テレビ朝日系)の海外ロケで、ゴリラが俺に赤ちゃんを見せに来て大騒ぎになったり、飼い主も触れたことがないサーバルキャットが僕の膝の上に乗って頭なでさせたり、そういうおかしなことが結構あって(笑)。
ただ、僕自身がむちゃくちゃ動物好きかといったら、そこまでではないかな。「きゃー! かわいい〜!!」言うてる人らに比べたら、思いは薄いと思います。でもやっぱり道端で動物が死んでるのを見るのはいややし、ペット業界で起きた虐待のニュースなんかも見ていて、いろいろ考えていた時期やったんですよね。だからほんまに、得度というのもタイミングやったんやと思います。
小林:ご縁があったと。
千原:そうです、ほんまに縁です。僕はいつもまわりに動かされてるんですよ。なかなか聞かんでしょ?連れから電話があって「寺譲り受けたんやけど」って。
小林:ないですね!
千原:ないでしょう。だから「これはええタイミングやなあ」と思いました。
小林:実際に得度されて、何か生活に変化はありましたか?
千原:いや、まったく変わってないですね。大阪で飲んでると「お前、坊さんやのにそんなことしてええんか」とか言うてくるおっさんがいますけど、なんにも変わらないです。ただ、街でタバコ吸いながら歩いてるヤツを見て、「こいつ、生まれ変わったらゴキブリになりよるな」とか、思うようになりましたね。
小林:輪廻転生ですね(笑)。
10 万円で“立派な葬式”は難しい?
小林:得度のあとの昨年11月にはさらに、「一般社団法人日本仏教協会」の顧問に就任されました。これはどういったきっかけで?
千原:大阪の北新地へ飲みに行ったとき、人の死に携わる仕事をしている方とたまたま出会ったんです。僕が得度したというニュースを見てくれはったらしくて、「僕も得度してるんです」って話をしてくれて。その方のお師匠さんが日本仏教協会の会長をしておられて、そこで縁ができました。
小林:顧問就任のご挨拶では、「仏教を知らない・お葬儀を知らないという方やお葬儀会社がたくさんあることを知りました。日本仏教協会の活動を通して行うことで、より多くの人々へ仏教を説くことができると考えました」とコメントされていましたね。
千原:やっぱり今、仏教から距離を置いている方が多いですよね。ほんで、潰れていくお寺もたくさんある。それはあんまりよくないでしょう。だから、啓蒙ちゅうほど大げさなもんじゃないですけど、僕の活動が、もう一回みなさんに仏教を知っていただくきっかけになったらいいかな、と。それに、仏教協会の方に話を聞くと、親御さんとかのお葬式に関して、後悔しながら生きている方がたくさんおられるというんですよね。今は簡単な葬式で済ますことも多いでしょ。だけど、「やっぱりちゃんと葬式してあげたらよかった」と思うんですって。そんな思いをずっと抱え続けるのはストレスやし、不幸じゃないですか。自分自身が気持ちよく生きていくためにも、「一回こっきりしかやれない葬式で、きちんと送ってあげるのは大事なんやと知ってもらえたらええな」と思ってます。
小林:おっしゃる通り、葬儀規模の縮小化は年々進んでいます。たとえば今ですと、10万円でできる葬儀がありますが、それは本当に火葬だけで終わるようなものだったりします。選択肢としてはあっていいかもしれないけれど、後で後悔される方もいるんじゃないかと思いますね。
千原:そうですよね。みなさん、ご存じないんですよ。知らないから、「10万円」って聞いたら、10万円でほんまに全部できると思ってしまう。お坊さん呼んでお経読んで……となったら、そんな金額じゃ無理ですよ。坊さん、空飛んでくるわけちゃうねんぞ、と。電車かタクシーで来るんやから。袈裟のクリーニング代だってかかりますからね(笑)。ちゃんと勉強しとったら「10万円でそんな立派な葬式ができるわけない。最低でもこれぐらいはかかる」とわかって、納得いくようにできるでしょう。もちろん、「そんなんどうでもええねん」って人はいいんです。でも「ちゃんとしてあげたい」と思っている人が、「自分が無知やったせいで、父ちゃん母ちゃんの葬儀がおかしなことになった」なんて後悔することがないように、そういう知識も広めていきたいと思っています。
お笑いの「人を幸せにしたい」は仏教にも通じるものがある
小林:千原さんは今、55歳でいらっしゃいます。私も50歳でして、この年齢になるとやはり、自分の人生の先、終わりのことを考えてしまうところがあるんですが、千原さんにもそういう感覚はありますか?
千原:いろいろね、考えることありますよね。自分のゴールとかね。僕は今年から、ゴールデンウィークは仕事しないと決めました。
小林:「やりたくないことはやりたくない」ってなってきますよね。
千原:そうそう。自分が70歳まで生きるとすれば、あと15回しか桜を見れないんですよ。中学校のとき、通学路に桜並木があって「桜吹雪や」いうて足で蹴って花を散らしていたら、近所のおばあさんが家から出てきて、「あんたらは若いからまだ何回も見れるけど、私はいつお迎えが来るかわからへん。だからそんな散らさんといて」って言われたんです(笑)。あのばあさんの気持ちが、今はものすごくわかりますね。ほんまに申し訳なかったと、今になって心から思います。
小林:今の日本では弔い方もずいぶん多様化していて、伝統的な家墓のほかに、樹木葬やビル型納骨堂、海洋散骨などさまざまな選択肢が出てきています。こうした状況をどうご覧になっていますか?
千原:昔、フジテレビで終活を特集した番組に出たことがありまして、そのときにいろいろ勉強させてもらいました。やっぱり奥さん方が「だんなの先祖代々の墓に入るのは嫌や」とか言うやないですか。それはもう、死んでまで気苦労はしたくないやろうから、みんな自由に好きなようにしたらええんちゃいますか。僕はね、この間ある番組で“持ち運べるお墓”があるのを知ったんですよ。自分用に、それを100個ぐらい買うておこうかなと思ってます。息子に「これをお前への財産分けにするから、好きな値段で売れ」って言うてやろうかな、と。欲しい人には俺の骨を入れて渡したらええし、「売ってくれ」言う人がおったら売ればええし。
小林:(笑)葬儀についても「こんなふうにしたい」と考えていることはありますか?
千原:“順番通り”やったら、どんな葬儀でもいいです。弟とか息子が先に死んでしまうのはつらくてつらくていやですけど、年の順、順番通りやったら、あとはみんなで楽しくやってもらえたらええ。日本は終活がまだ下手くそやから、遺産やなんやで揉めることが多いじゃないですか。そういうみっともないことだけはないように、自分が死んだあとも、みんなが次の日から機嫌よう普通に生活できるようにしておきたいですね。
小林:遺された人が楽しく機嫌よくやってもらえるように、という考え方は素敵ですね。
千原:死んだときに「あいつの葬式、行ったってもええか」と思ってもらえるような生き方をできたらええな、と思ってるんですよ。僕自身、ここ10年ぐらい、「こいつの葬式に行くか、行かへんか」で人との付き合いを分けてるところがあって。「こいつの葬式なんか行かへんから、何言われてもどう見られてもええわ」とか、逆に「こいつには俺の葬式来てほしいから、ちょっと優しくしたろう」とかね(笑)。
小林:わかりやすくてよい物差しですね。それにしても、こうしてお話をうかがっていると本当に、お坊さんの説法を聞いているような気分になってきます。
千原:いえいえ。でもさっき控室でスタッフとしゃべってたときに、「お坊さんと芸人って、ちょっと近いところがあるんちゃうか?」って話になったんですよ。芸人は誰かを笑かしたい、幸せにしたい、ハッピーにしたい。それは仏教にも通ずるものがあるんじゃないか。仏教も、苦しんでいる人を救いたいわけですから。僕自身も、自分が何かしゃべったり行動したりアイディアを出したりすることで、「楽しい」とか「幸せやな」とか思う人がひとりでも増えたらええな、と思うんです。
小林:それはすごく本質を突いたお話に聞こえます。
千原:ね、お笑いと仏教って、ちょっと似てますよね。