笑い飯・哲夫が語る、おばあちゃんの葬儀と家族全員でのご詠歌

       
インタビュー 葬儀
2026.03.31

 芸能界屈指の「仏教通」として知られるお笑いコンビ・笑い飯の哲夫さん。その源泉は、奈良県桜井市で生まれ育った家庭環境にあるという。芸人でありながら“仏教の伝道師”としても活動する哲夫さんは、どのように弔いと向き合い、仏教にもとづく人生哲学を築いてきたのだろうか?(文:樺山美夏 写真:江森康之)

読経は「洋楽みたいでカッコいい」

 笑い飯・哲夫さんは、本業のかたわら執筆した『えてこでもわかる 笑い飯哲夫訳 般若心経』(2009年、ワニブックス)がロングセラーとなり、その後も『ブッダも笑う仏教のはなし』(2016年、サンマーク出版)、『ザ煩悩』(2020年、KADOKAWA)など仏教をわかりやすく伝える本を出版している。ラジオ番組『笑い飯 哲夫のサタデー★ナイト仏教』(FM大阪)では仏教について著名人と語り合い、全国各地で写経教室を開催し、奈良県奈良市で隔年開催されている「H1 法話グランプリ」では審査員も務めるなど、その存在は専門家からも一目置かれているのだ。

 哲夫さんの故郷は、奈良県桜井市。古きよきしきたりが残る集落で生まれ育った。月命日の読経など、法事が日常生活に溶け込んでいる家庭環境だったが、大人になるまで人の「死」はなかなか受け入れられなかったという。

笑い飯・哲夫(以下、哲夫) 僕が生まれ育ったのは、奈良県桜井市にあるのどかな集落です。その地域の家は法事をはじめとした伝統的なしきたりや風習を大事にしていました。大事にするというより、正月にしめ縄を飾るのと同じ普通のこと、日常の一部でしたね。

 うちの実家は偶然、ご先祖さんがみんな13日に亡くなっているんですよ。だから、月命日の13日にはお坊さんが家に来てお経を唱えます。子どもの頃、それを聴いていると、何を言うてるのか意味はわからへんかったけど、木魚でリズムを刻んでるわけですから、「洋楽みたいでカッコいい」と思ってました。それが、最初にお経に興味を持ったきっかけです。

 ご先祖様の供養や法事のことは、家族や親戚から自然と教わりました 。特にひいおばあちゃん(曾祖母)には、「般若心経は忙しかったら最後だけ唱えたら大丈夫や」とか、「うちは曹洞宗やけど南無阿弥陀仏は言うとかなあかんねん」とか、どこで聞いてきたのか知りませんけど教えてもらいましたね。身内が亡くなったら、49日間は毎日、西国三十三所のご詠歌をあげます。番外まで入れたら35ありますけど、時間にすると1時間くらいですかね。

 最初の「死」の記憶も、小学2年生のときのひいおばあちゃんの葬儀です。それまでは仏間なんて全然怖くなかったのに、その葬式以降、仏壇が怖くなってひとりで行けなくなりました。特に遺影の白黒写真がすごく不気味で。当時、水谷豊さん主演の『事件記者チャボ!』(1983年〜1984年、日本テレビ系)というドラマがあって、その中で誰かのご先祖の遺影が出てきたんですけど、主人公のチャボが振り返るとその遺影が真っ白になってるんです。それでチャボが襖を開けたら、遺影の中にいるはずのご先祖さんがバッ!て出てきて「怖っ!」となって……それもあって仏壇に近寄れなくなりました。そんなこともあったせいか、「死」というものを受け入れられなくて、ひいおばあちゃんのことを「おばあちゃん」と呼べずに、「死んだ人」という言い方しかできなくなったんですよね。今振り返っても、あの頃はやっぱり死を直視できなかったんやろうなと思います。

 お経への興味・関心と、曾祖母の葬儀や遺影から感じた「死」への恐怖。相反する感情を抱えていた哲夫さんだが、高校時代に般若心経の意味を知ったことがきっかけで、独学で仏教へ傾倒していった。

般若心経の「すべてのものは空」に衝撃

哲夫 高校の「現代社会」の教科書に般若心経の現代語訳が載っていて、それを読んだら、すべてのものは「空」で、もともと実体なんてないんやから、生きているのも死んでいるのもないんやで、ということを教えていることがわかって。「なるほど、こんなことを言ってたんや! 確かにこれはご先祖さんに言わなアカンわ」と衝撃を受けたんですね。それより何よりびっくりしたのは、テレビで見ていた『西遊記』(日本テレビ系)の話は、主演のひとり、夏目雅子さん演じる三蔵法師の玄奘さんが般若心経の原本を取りにいく話やったんかと。さらに調べたら、その250年ほど前に鳩摩羅什(くまらじゅう)という別の三蔵法師が違う訳し方をしていたり、玄奘三蔵に師事した道昭が般若心経を日本に持ち帰ってそれをもとに空海が読経を広めたり……。いろんな役割分担というか、歴史の繋がりを知るのもおもしろかったですね。

 地元の奈良県桜井市にある長谷寺は真言宗豊山派の総本山で、全長10メートルほどある十一面観世音菩薩立像という巨大な観音様があります。子どもの頃に初めてお寺に入って、あの仏像を見上げたときの「うわーっ」と圧倒されるような感覚はよう覚えているんですね。般若心経の意味を知ったとき、その教えを説いた観音様が、自分のすぐそばにあったんやとわかって、何か特別なものを感じたような気もします。

 大学はキリスト教系の関西学院大学に進みました 。そこしか受からなくて、哲学に興味があったんで西洋哲学を学びましたけど、やっぱり東洋の仏教の方がおもしろくて独学で勉強しました。写経を始めたのもその頃。もともと「覚える」ことが好きやったんです。小学校の先生が中国の歴代王朝をスラスラ言うのがカッコよくて、自分も歴代天皇を全部覚えたりするような癖があったんで。お経をスラスラ言えるのもカッコええなと思って覚えたんです。

 般若心経を一文字でまとめると「空」。生きていることは苦しいけれども諸行無常で、すべてのものは移ろいゆく。その大前提を知ってから、いろんなことが乗り越えやすくなりましたね。

喉仏のお骨だけは別の納骨堂へ

 高校時代から人を笑わせることが得意だった哲夫さんは芸人になることを夢見て、大学卒業後はお笑い芸人の道へ。2000年に、西田幸治さんと漫才コンビ「笑い飯」を結成し、「M‐1グランプリ」の決勝へ9年連続の進出を経て、2010年に優勝を果たした。その前年の2009年に、初の仏教関連の著書『えてこでもわかる 笑い飯哲夫訳 般若心経』(ワニブックス)を出すことになったのは、本人の意思とは関係のない“想定外の出来事”がきっかけだった。

哲夫 実は僕、芸人になってからしばらくは仏教好きであることを隠してたんです。そんなことが世間に知られたら、「真面目なやつ」というレッテルを貼られて、お笑いの活動に支障をきたすんやないか、ウケなくなるんやないかと思っていたんです。そしたらあるとき、バラエティ番組で“抜き打ちチェック”みたいなものがあって、芸人先輩に僕のバッグの中身をあさられて、中に入れていた般若心経の書写が大量に見つかってしまったんです。それから、仏教マニアだといじられるようになったんですけど、吉本興業から「般若心経の現代語訳を書きませんか?」と声がかかりまして。そのとき僕は「隠す」ことをあきらめたんです。

 仏教には「諦観(ていかん)」という言葉があります。これは「すべてあきらめる」ことだと誤解されがちですけど、「諦」という字には「真理」という意味がある。自分のしょうもないこだわりをあきらめて、真理を「あきらかに見ていく」ことが「諦観」なんですよね。

 僕も仏教好きだと公言して本を出してみたら、仏教関係の講演の仕事をいただいたり、お寺巡りの番組をやらせていただいたり、こうしてインタビューに呼ばれたりして、自分のやるべき仕事があきらかになってきた。まさに「あきらめる」は「あきらかにする」なんやなって、身をもって体験しました。

 2013年に、祖母が他界したときは、僕も38歳になってましたから、大泣きしました。仏教を自分で解釈できるようになり、「死」というものをようやく理解できるようになって、涙が出たんでしょうね。最後におばあちゃんに会えたのは亡くなる直前の11月でした。「風呂場の天井についた煤を払っとってくれ」と言われて煤払いをして、風呂を焚いてあげたんです。そのとき、「最近、文章がおもしろくなってきたな」って、僕が書いていた原稿を褒めてくれたのが最後でしたね。

 おばあちゃんも、葬儀から四十九日の忌明けまで、家族全員でご詠歌をあげました。僕もその間は週4回ほど実家に帰ってましたね。お墓参りも、初七日、四十九日、百か日といった忌日法要と年忌法要に家族でちゃんとやります。お墓参りのときは、無縁仏にもお線香をあげなさいと、ご先祖さんから教えられてきたので、それも習慣になっています。

 ただ、供養の仕方というのは、遺族がやりやすい形に変わっていってもいいと思うんです。今は、築地本願寺にも納骨堂がありますし、大阪には納骨堂だけ入ったお墓のビルみたいなのもありますしね。うちは先祖代々のお墓が奈良の地元にありますけど、喉の骨の上から3番目の、仏さんが座っている形をしている喉仏の骨は、別の納骨堂に納めているんです。お墓の隣にあるお堂の中に納骨堂があって、そこは叔父さんが管理して永代供養をしてくれているんですね。万が一、お墓がなくなるようなことがあっても、供養が途切れるわけではない、という考え方です。

 祖母のあとに亡くなったおじいちゃんの葬儀では、僕が喪主を務めました。母親が、大変だからもう自宅で葬儀はしたくないというので、初めて葬儀ホールでの葬儀を経験したんです。プロの方々が慣れた手つきで、お墓の土を掘るところからいろいろやってくれて本当に助かりましたね。じいちゃんはあんパンが好きで、コロナ禍で入院していたときもずっと食べたがっていたんで、お棺には、あんパンとじいちゃんがお気に入りだった帽子を入れました。

 葬儀屋さんがお弁当を用意してくれて、親戚が集まって賑やかにしてくれたおかげで、悲しみはだいぶまぎれましたね。ひいおばあちゃんの葬儀のとき、親戚のおじさんたちが酒を飲んで賑やかにしているのが不思議だったんですが、じいちゃんが「お葬式は悲しいから、ああやって酒飲んでごまかすんや」って言っていたのを思い出して、こういうことやなと。  

 でも、ずっと疑問に思っているのは、霊柩車が出ていくときの「プーッ!」という車のクラクションです。なんであんな人工的な機械の音で送るんやろう?って。以前、役者の山岡久乃さんが亡くなったとき、山岡さんのお棺を乗せた車が通る沿道でファンが「日本一!」と声をかけたり、桂文福さんが師匠の葬儀の出棺のときに「日本一!」って叫んだりしてましたけど、ああいう声掛けがいいですよね。機械の音なんかより、人の生の声で送るほうがよっぽど温かいですよ。

哲夫さんの地元、奈良県桜井市にある、真言宗豊山派の総本山・長谷寺(写真はPIXTAより)

実家の古い仏壇の中にあった「家族の歴史」

 41歳で、当時32歳の一般女性と結婚した哲夫さんには、3人の子どもがいる。まだ3人とも小さいが、身内の葬儀やお墓参りには必ず子どもたちを連れて行き、ご先祖様を敬うことの大切さを教え続けている。実家を建て直し、仏壇もきれいにしてから、哲夫さん自身も、ご先祖の存在を改めて身近に感じるようになったと語る。

哲夫 実家を建て替えたとき、古い間取りはやめました。実家のような昔の家は、玄関入ってすぐ左手に4つの和室があって、誰かが亡くなるとそこをぶち抜いて葬式会場にしてたんですよね。それからしばらくは線香臭くて、葬式を思い出すんです。僕は鍵っ子やったから、1人で帰ってその4つの和室を見るのが怖かったんですね。だから、新築に建て替えたときは、そういう和室はなくしました。

 仏壇も初めてプロに頼んでクリーニングしてもらったら、金ピカになって戻ってきて、「新品か?」って思うくらいホンマにきれいになりました。さらにびっくりしたのは、ずっと「お釈迦様」やと思っていたご本尊が、実は「阿弥陀様」やったんです。仏壇の引き出しからは、ひいおじいちゃんが写経した浄土系のお経がたくさん出てきて。家系図を調べたら、子どもがよう亡くなっていたみたいで、ご先祖さんが必死に阿弥陀様に救いを求めて、供養してはったという家の歴史が見えてきたんです。僕自身は、「なんでこんなに仏教に興味あるんやろう?」と自分でも不思議やったんですけど、ご先祖さんの歴史を知って、僕のルーツもそこちゃうかなと思っています。

 遺影は今も押し入れにしまっていますが、お盆や何回忌のときは出します。ひいおばあちゃんの頃の白黒写真は怖かったけれど、今はご先祖様に見守ってもらっている実感が明確にありますね。自分の子どもたちにも、仏壇にお茶やお米を供えさせたりしています。お焼香も教えて、「君らは脈々と続くご先祖さんのおかげで、ここに生まれてこれたんやで」と話して、理解させているつもりです。自分が救われてきた仏教の教えを、子どもたちにも自然な形で手渡していきたいですね。  

 たとえば、般若心経にある「照見五蘊皆空 度一切苦厄」という言葉。五蘊(色・受・想・行・識)はすべて空やから、執着を捨てれば苦しみから解放される。僕は、この言葉が身に沁み込んでますから、「哲夫おもしろないやん」という人がいても、それは実体がないから気にならない。仕事がいつかなくなるかもしれないと思っても、怖くありません。嫌な人がいても、イラッとするインスピレーションすら諸行無常だと考えれば、腹も立たなくなります。芸能界のような、明日の仕事がどうなるかわからへん世界で生きていると、仏教が本当に救いになりますね。(了)


《ゲスト紹介》

笑い飯・哲夫(わらいめし・てつお)

1974年、奈良県生まれ。三輪山の参道のそうめん屋に生まれる。関西学院大学文学部哲学科卒業。2000年、西田幸治さんと漫才コンビ「笑い飯」を結成。プロ・アマ不問の漫才日本一決定戦「M-1グランプリ」の決勝に2002年から9年連続進出し、2010年に優勝。芸人以外にも農業と塾を営み、仏教マニア、花火マニア、わらじ編み職人でもあり、“6足のわらじ”を履いている。相愛大学人文学部客員教授。著書に『えてこでもわかる 笑い飯哲夫訳 般若心経』(ワニブックス)など。


哲夫さんの著作

芸人のかたわら、芸能界屈指の仏教のスペシャリストとして活躍し、2021年からはテレビ番組『笑い飯哲夫のおもしろ社寺めぐり』(BSよしもと/奈良テレビ)の案内人を務め、「写経教室」も不定期で開催している。ベストセラーとなった『えてこでもわかる 笑い飯哲夫訳 般若心経』をはじめ、仏教関連の著書も5冊出版。『朝日新聞』では「笑い飯・哲夫に聞け」を連載するなど、仏教や般若心経の堅苦しいイメージを払拭するような「哲夫流」の仏教解説も多数執筆。仏教を現代人のための「生きるヒント」としてポジティブに提唱し続けている。

     

月刊終活 3月号に掲載されています