高齢者住宅事業会社大手の学研は、なぜ葬儀事業に本格参入したのか

介護保険等の税金に依存しない事業基盤の確立を目指しライフエンディング事業を今後の柱のひとつに育てる

(株)学研ホールディングス(以下、学研HD)の高齢者住宅事業会社である(株)学研ココファンと(株)きずなホールディングス(以下、きずなHD)は、共同出資によりライフエンディング事業に関する合弁会社㈱学研ファミーユを2022年10月3日に設立した。出資比率は学研ココファン51%、きずなHD49%で、直営での葬儀ホールを全国で展開する。この動きで特に注目されるのは、高齢者住宅事業会社の大手である学研ココファンがライフエンディング事業に本格的に参入したことだ。そのことにより、ほかの高齢者住宅事業会社が追随してくることも予想され、葬儀・供養業界は大きく変化していく可能性もある。そこで、合弁会社設立を主導した学研HDの常務取締役兼学研ココファン代表取締役・CEOで学研ファミーユの会長に就任した小早川仁氏に、合弁会社設立までの経緯やライフエンディング事業に本格参入した意図・背景などについて詳しくお聞きした。

小早川代表取締役兼CEO

合弁会社設立までの経緯:事業所長の88%がエンディング事業参入に賛成

まず、学研ココファンときずなHDが合弁会社を設立するに至った経緯についてお聞かせください。特に、どちらからオファーされたのかは重要ですので、それを含めてお願いいたします。

小早川:オファーしたのは当社です。私は、学研グループの社内ベンチャーとして、2006年に高齢者住宅を開設したのですが、高齢者住宅事業会社が葬儀まで行うということに関しては、個人的には「絶対にやらない」と言い続けてきました。それは、高齢者住宅のご入居者や職員から「高齢者住宅の次は葬儀で、二度商売するのか」などとの批判の声が出るのを懸念したからです。
ところが、当社の高齢者住宅のあるご入居者のご遺族から、次のようなお手紙が届きました。

“うちの父が学研さんにお世話になり、人生の最後にゆったりと父らしく生活することが出来て感謝しております。
ただ残念だったのは、最後は病院に行って看取ったのですが、亡くなったらバタバタと慌ただしく、いつの間にか葬儀社が決まっていて、いつの間にか葬儀が終わっていて、ゆっくり見送ることが出来なかったことです。また、父が最後に一緒に生活したのは学研の人たちであり、父のことを一番分っていたのは学研の人たちなので、最後は学研の人たちに見送っていただけたら父も喜んだと思います

――といった内容です。そのほかにも、「葬儀で残念な思いをした」というご遺族の声が、高齢者住宅の職員に届くことがありました。そのため、現場の職員からも、「学研はなぜ葬儀をやらないのか」という声が本社にあがってきていました。
そこで、私は絶対にやらないと決めていたけれども、お客様と職員にもそのような声があるなら、一度真剣に検討してみようと思って2020年にプロジェクトをスタートさせました。

プロジェクトで検討した結果、葬儀も行おうと決められたわけですね。

小早川:そうです。プロジェクトチームが高齢者住宅の職員に、「学研グループがエンディングに積極的に関与することをどう思うか」を問うたところ、88%の職員が賛成でした。この高さには私も驚き、これが葬儀を行うことのひとつの決め手になりました。

88%とは、ものすごく高いですね。

小早川:職員というのは、サービス付き高齢者向け住宅の事業所長クラスです。学研グループの理念は、「すべての人が心ゆたかに生きることを願い、今日の感動・満足・安心と、明日への夢・希望を提供します」というものです。
そういう理念からすると、少子高齢化の進展で多死社会になると、最後のお見送りにもきちんと関わるべきだろうというマインドを持った人たちが現場の責任者をやっているので、88%という数字になったのだと思います。

サ高住・グループホームなどの複合施設「ココファン川崎高津」

きずなHDをパートナーとしたのは「考え方が近かった」から

葬儀を行うことを決められてから、きずなHDと提携するまでの経緯について、お聞かせください。

小早川:大手の葬儀会社の多くと面談して、どういうことを行なうのかや提携形態などいろいろとお話しさせていただき、最終的にきずなHDと資本・業務提携させていただきました。

きずなHDをパートナーに選ばれたのは、どのような理由からでしょうか。

小早川:一番の理由は、私たちと考え方が近いと思ったからです。例えば企業理念です。きずなHDの経営理念は、「葬儀再生は、日本再生。」で、葬儀を通じて改めて人と人との結びつきに価値を感じて生きようとする人であふれる世の中の実現を目指す、というものです。学研グループの企業理念は、先ほど言った通りで、きずなHDと似ています。
また、きずなHDの経営陣は、葬儀業界一筋・たたき上げといった人ではないこともあり、「生活者目線で見直す」をモットーに、葬儀業界の伝統や慣習などに捉われすぎることなく、時代の変化に沿ったお見送りをしていかなければいけないという考え方を持たれているところも共感できました。
それから、プロジェクトでは、高齢者住宅のご入居者のご家族に対してどのような葬儀を希望されるかなどについて調査したのですが、葬儀の形については「親戚や身近な人で送りたい」という方が圧倒的でした。きずなHDは家族葬のパイオニアですので、それもパートナーとして選ばせていただいた理由のひとつです。

提携の形は合弁会社ということですが、形はほかにもいろいろあります。例えば、学研グループが得意とされているM&Aでも良かったのではないかと思うのですが、合弁になったのはどうしてでしょうか。

小早川:学研の高齢者住宅事業は、労働集約型のサービス業として大きくなってきました。なので、私は、お見送りもサービス業として提供するのが良いのではないかと思っていることが理由のひとつです。
もちろん、M&Aという方法もあります。お会いした大手の葬儀社さんの中には、M&Aを提案されてきたところもあります。しかし、M&Aや提携をするに当たっては、考え方や企業規模、サービス内容や質、将来性などのほか、相手の希望も含め総合的に判断しなければなりません。
それらを総合的に判断した結果、今回は合弁会社ということになりました。

学研グループが葬儀事業に参入した意図・背景:高齢化は2042 年にピークアウトすることなどに対応

学研グループがきずなHDと合弁会社を設立するまでの経緯の概要は分かりましたが、御社が葬儀事業に参入したそのほかの意図・背景に関してお聞きします。学研HDが22年8月10日に発表した「合弁会社設立のお知らせ」では、ライフエンディング事業に参入するシナジー効果のひとつとして、「当社の医療福祉セグメントにおいて、介護保険等の公的資金に依存しない事業基盤の確立」を挙げています。今回、ライフエンディング事業に参入されたのは、この意図も大きいのでしょうか。

小早川:大きいです。学研グループの医療福祉分野の売上高は、今やグループ全体の売上高の半分近くを占めるようになっています。しかし、ご承知のように介護関連事業はいわゆる介護保険ビジネスで、社会保障制度という公的資金に依存したビジネスです。
その社会保険制度が破たんの危機に直面しているのに、上場企業が公的資金に依存したビジネスをいつまでもメインにしていて良いのかという問題・課題があります。これからはSDGsと言われているように、やはり持続可能な事業を開発していかなければなりません。ですから私は、社内ではよく「社会保障制度に依存しないビジネスで、社会に貢献できることを考えなければいけない」と言っています。
そのためには、せっかく高齢者住宅・介護事業で大きくなったのだから、その周辺でビジネスになりそうなものがあれば、見つけていかなければなりません。
また、高齢者住宅・介護事業には、高齢化もいずれピークアウトするという課題もあります。

具体的には、どういうことでしょうか。

小早川:高齢化は2042年でピークアウトします。当社の高齢者住宅というのは、オーナーさんからの建て貸しスキームがほとんどなのですが、この契約期間はだいたい20年です。
そうすると、2023年に開設する高齢者住宅は、20年間運営すると、契約が満了するのは2043年になります。ということは、高齢化のピークを過ぎてしまいますので、今後は、今までと同じペースで高齢者住宅を開設するわけにはいきません。
でも、高齢者住宅の開発メンバーはたくさんいます。学研グループは、サービス付き高齢者住宅(以下、サ高住)と認知症グループホームを合わせて年間40棟以上開設していますので、高齢者住宅・施設の開発リソースは業界で一番多く保有しています。
この開発リソースをどうするのかというと、リソースの配分を高齢者住宅事業からライフエンディング事業へと徐々にシフトしていこうと考えています。そうすると、高齢者住宅事業とライフエンディング事業に割くリソースの比率は、現在は9対1だとしても、何年か後には1対9になるかもしれません。このような考え方をしています。

サ高住・グループホームなどの複合施設「ココファン 廿日市」

ベッド数100以上の病院の2割は学研グループのお客様

学研グループがライフエンディング事業に参入するシナジー効果としては、ほかにどのようなものがありますか。

小早川:ひとつは、ライフエンディング事業の対象となるお客様がいらっしゃるということです。サ高住とグループホームを合わせて、全国に520棟あり、定員数は18,058名となっています。さらに、デイサービスや訪問介護なども行っていますので、それらを含めると2万名以上のお客様がいらっしゃいます。
また、ベッド数を100以上持っている病院さんの2割位は、学研グループのお客様です。どういうお客様かと言いますと、看護師さん向けのEラーニングの研修教材を持っており、病院の看護師さんがお客様になっているのです。
そのEラーニングを全国に営業に回っている営業マンがおり、そのメンバーが各病院での葬儀会社に対する要望等をヒアリングし、「学研は葬儀も始めました」というご案内をすれば、葬儀のお客様を増やしていくことが期待できます。
それから、エンディングに関する出版物もいくつか出していて、まあまあ売れています。葬儀事業に参入することにより、そうした面でもシナジー効果を出せるだろうと考えています。

介護保険などの公的資金に依存しない事業としては、ライフエンディング事業を主力に考えていらっしゃるのですか。

小早川:いや、ライフエンディング事業はあくまで一つであり、ほかにもいくつか手掛けたり、手掛けようとしているものもあります。
例えば、グループ会社のメディカル・ケア・サービスが行っている認知症予防事業があります。「健達ねっと」という認知症サイトは、月間700万PVくらいで、世界で一番大きな認知症関連サイトになっています。
また、学研はもともと出版社ですので、認知症予防のクロスワードパズルなどもたくさん出しています。そうしたもののエビデンスをもう少し明確にして、世の中に提供していくことなども計画しています。
新規事業は、やってみないと分からないという不確定要素がつきものです。私が20年前に高齢者住宅事業会社を立ち上げた時も、最初の5~6年は、社内外から「大失敗」と言われ続けました。
ですから、新しい事業をいくつか手掛けて、次のビジネスの柱をつくるように進めています。

本記事はweb用の短縮版です。全編版は本誌にてお楽しみください。

記事の全文は月刊終活 2月号に掲載されています

掲載記事

葬儀
2023.02.07