「心・体・魂」を癒やす女性住職

日蓮宗加持祈祷所 慈光山大法院

草野妙敬住職

群馬県館林市にある日蓮宗・慈光山大法院の第6世住職の草野妙敬さんは、主婦、2児の母として15年間過ごした後に出家したという異色の僧侶だ。
住職になる前に修したインドの伝統医療アーユルヴェーダやチベット体操といったスキルを活かしてユニークな活動を展開している。
ここに至るまでの道のりを、じっくり語っていただこう。

慈光山大法院 草野妙敬住職

私がお寺の跡継ぎになるとは夢にも思っていなかった

お寺の家に生まれたものの、「跡継ぎ」として期待されることはなかったそうですね。

そうです。私は次女でしたから。「跡継ぎ」として期待されていたのは、私が7歳の時に生まれた弟です。ですから、結婚して、2児の母として過ごした15年の間にも、そのことは一度も考えたことがありませんでした。

そんな妙敬さんに「跡継ぎ」の声がかかったのには、どんないきさつがあったのでしょう?

父が重い病気にかかったことがきっかけです。父はもともと東京の寺の住職で、群馬県館林市のここ大法院の住職も兼務していたんです。2カ寺を私の弟と父、2人で勤めさせて頂いていたんですが、余命いくばくもない父から「弟ひとりで2カ寺の住職をつとめるのは荷が重い。お前が出家して、後を継いでくれないか」と頼まれたのです。
そもそも父が大法院の住職になったのも、思いがけないいきさつからでした。父の前に大法院の住職をつとめていたのは田島惟行上人というカリスマ住職で、その惟行上人から祈祷を学ぼうと、多くの修法師が集まっていました。修法師とは、世界三大荒行の1つ、日蓮宗の大荒行堂での100日修行を成満した僧侶のことで、父もその1人でした。惟行上人が亡くなった時、上人に跡取りがなかったため、父が住職を引き受けることになったのです。

お父さんの依頼を聞いて、すぐに引き受ける気になりましたか?

いえ、とんでもない。父や弟がどれだけ大変な修行をしていたか、私はよく知っていましたので、簡単に引き受けていいわけがない、失礼だと思いました。
そもそも女人禁制の大荒行に私は入れませんから、祈祷寺の住職は無理だと思いました。

2013年に現在の場所に移転建立された大法院。2019年には、納骨堂が建立された。妙敬さんは終活カウンセラーとして、終活相談にも対応している。

そんな中で、なぜ「大法院の住職になる」という決断ができたんですか?

日に日に衰えていく父の姿を見て、だんだん心が決まっていったという感じでしょうか。
父が継承した時の大法院は老朽化していて、ご信者さんからの有難いご寄進によって移転・建立が叶ったんですが、そのご信者さんは私も小さい頃からよくして頂いていた実家の寺の総代さんだったんです。そんな方のお陰様で建立された寺を、縁もゆかりもない方に託すのは……なんだか申し訳ない気がして、出家させて頂こうという気持ちになりました。

ピンチの中に聞こえた「法華経を使え」という声

2014年に大法院の第6世住職に就任した妙敬さんですが、当時の大法院にはどんな課題がありましたか?

経営面から言えば、大法院はかなりのピンチでした。祈祷所ですから檀家さんの葬儀や法要などの収入がないにもかかわらず、光熱費や建物の維持費などの支出は否応もなくかかってきます。あと3年もすれば蓄えをつかい果たして赤字に転じるという状態でした。
困った時は、頭でアレコレ考えても所詮、エゴからの浅智慧になってしまうので、私はご本尊にお伺いを立てます。ご本尊とは、仏性が開いた内なる自分自身でもあるので、何より信頼できるからです。
そして得た答えは、「お金を求めるな、法華経を使え」でした。

それは、どういう意味のメッセージなのですか?

つまり、目先のお金儲けに走るな。法華経の教え、つまりお釈迦様の大慈大悲を広めるという真の目的を果たせば、人が集まってきて、お金の問題もおのずと解決できるということです。
とはいえ、あまりにも抽象的でイメージがわかず、さらに内なる本尊に問うてみたら、「法華経を顕説せよ」と。「顕説」とは、直接明らかにするということ、そうか、自分自身がわからないと言われたことを鵜呑みにするしかない。お坊さんがこう言ってたから、こうした方がいい、ではなく、言われたことを取捨選択する力が付くように、自分自身が法華経の智慧を活かせるように……そうだ! カードだ! カードを作ればいいんだ! となったんです。なぜカードに着地したかと言えば、私はもともとマナカードという古代ハワイアンの英知が詰まったオラクルカードのセラピストだったからです。
こうして作成したのが、法華経の智慧を日常に活かす「ロータスカード」です。49枚のカードには、美しい蓮などをモチーフにした絵と、法華経の文言が書かれています。法華経は、6万9384文字からなるお経ですが、その中から「この言葉がなければ法華経ではない」という肝心要の文言を49に絞ってカードにしました。
カードには232ページの解説書がついていて、ランダムに引いたカードに書かれた言葉がどんな内容かを知ることができるようになっています。
内容が偏ったり、ミスリードにつながらないように、全体の監修を身延山大学前学長の浜島典彦先生にしていただきました。

49枚のカードには、法華経から引用した短い文言が書かれている。ランダムに引いたカードの解説を読むことによって、法華経の真髄を学び、現時点での悩みの解消につなげることができる。

法華経を学び、悩み解消に活かす「ロータスカード」

実際にカードを引いて、どんな風に使うのか、教えていただけますか?

では、カードをシャッフルして、一枚引いてみることにしましょう。(カードを引く)
「不染世間法如蓮華在水」というカードが出ました。世間の法に染まらざること、蓮華が水にあるが如しという文言です。
解説書からその内容を抜粋してみましょう。

「このカードは、泥水の中に咲く蓮の花のように、周りの状況に関係なく、あなた自身が花を咲かせましょうというところから端を発し、周りとは? 自分とは? について今一度感じてみるように誘っています。生きていれば、さまざまなことが起こります。周り、自分の置かれている環境や状況によって心揺さぶられ、自分自身の中の迷いや嫉み、怒りといった、まさにドロドロした思いが湧くこともあるでしょう。その渦中は、周りの人や状況のせいで自分はこうなっていると、原因を外側に置きがちで、自分の体験している現実は自分が作り出していると自覚するのはむずかしいかもしれません。けれど、満足できない現状を他者のせいにしてしまうのは、自分の弱さ故だと目を背けたい自分の弱さを受け入れることができたなら、それは、あなたの心の強さ、美しさを表します。本当の強さとは、弱さも直視できるところにあります(後略)」

いかがでしょう?
大法院では、ロータスカードから法華経を学び合う講座を開催していますが、参加してくださる方は法華経を学びたいという人はもちろん、人間関係など個人の悩みをロータスカードを使って和らげたい、解消したいと思っている人が多いです。
カードは潜在意識が必要なメッセージを引き寄せるようで、不思議とその人にぴったりな内容になります。お経の文言が日常に活かせることを、ご実感頂けましたでしょうか?

そうですね。法華経の言葉がとてもわかりやすく理解できて、悩み解消の手段としても優れていると思います。

法華経を最初から順番に最後まで読むのは大変ですが、こんな風にランダムに引いたカードの偶然性に従って読んでいくうちに、実はすべては必然ですから、法華経の真髄、お釈迦様の大慈大悲に近づくと感じます。

老若男女が集い、理想的な「サンガ」が生まれつつある

ロータスカードの講習会の他には、チベット体操の講習会を定期的に開いていますね。チベット体操とはどんなものなのですか?

簡単に説明すれば、チベット仏教の経典に記された体を整えるための実践法です。ヨガのルーツともいわれていますが、5つのポーズと1つの呼吸法という6つの動き、それだけで全身が整い、深くリラックスできます。


5つのポーズと1つの呼吸法からなるチベット体操。チベット仏教僧が瞑想前に行う準備体操だという。

やはりこれも、ハワイのマナカードと同様、専業主婦だったころに身につけたスキルだったのですね?

そうです。「お寺を継ぐ」という意志さえなかったけれど、お寺という環境で生まれ育ったおかげで、心と体の調和をとることや精神世界につねに関心があり、さまざまな手法を試し、身につけながら日常生活に活かしていました。
インドの伝統医療であるアーユルヴェーダのカウンセラーになったのも、大法院の住職になる前の専業主婦をしていたころです。

ロータスカードを縁に集まる方々、お互い良い刺激となる存在

妙敬さんは、まさに大法院の住職になるべくしてなった人、と言えるかもしれませんね。

草野 さぁ、どうなんでしょう。とにかく、大法院には老若男女、本当にいろいろな方が集まってくるんですが、生きることにパワフルな人が多いんです。
例えば、お寺の裏手には草原があって、春から夏にかけては草木が生い茂っていたんですが、お寺に通う方々の中から「開墾したい」という方が現れたかと思うと、「薬草を植えて薬草園にしよう」とか、「ハーブの加工品を商品化すれば雇用も生まれる」などとアイデアが広がっていくんです。
最近では、生きる上でお手本にできるような人たちのコミュニティが生まれつつあるように感じています。仏教でいうところの「サンガ」、方向性を同じくする人たちの輪の広がりにワクワクを感じています。

新型コロナ騒動で、人が集まりにくい状況にあるが、それでも日々の勤めは淡々と。オンラインメディアを駆使することで、逆に参加人数が増えた行事もあるという

月刊仏事 7月号に掲載されています

掲載記事

お寺
2021.09.27