田舎をドライブしているとたまに見かける、田んぼの中にポツンとたたずんでいるナゾの神社。「なぜそんな場所に?」「誰が管理をしている?」 その美しさに魅せられ、写真に収め、写真集まで出してしまったカメラマンが語る、“ポツンと神社”の深すぎる魅力!(取材・文:山川徹)

水をたたえた広々とした田植え前の田んぼに、ポツンとたたずむ1宇の神社。あるいは、真っ白な雪に埋もれる赤い鳥居と社殿……。話題の写真集『田んぼのまん中のポツンと神社』に収録される写真は、どこか懐かしく、おかしみを感じさせる。稲作と四季の移ろい、そして、人々の祈り。写真が浮かび上がらせるのは、脈々と続く農村の営みであり、日本人の心象風景だ。
写真家のえぬびいさんは「ポツンと神社」を親しみを込めて「ポツ神」と呼ぶ。えぬびいさんとポツ神との出合いは2021年頃。撮影のきっかけや、ポツ神の魅力を聞いた。
えぬびい 昔から不思議な風景や、非日常を感じられる光景に惹かれていたんです。不思議な風景を求めて、廃墟や廃線、秘境駅などの写真を撮りはじめたのは、大学時代の2012年頃。不思議な風景を探すうちにたどり着いたのが、ポツ神でした。
出合いは偶然です。いつも撮影に行くときは、近くに面白そうなスポットがないか、グーグルマップで検索します。このときは〈神社〉や〈鳥居〉で検索して、たまたまヒットしたのが、千葉県香取市の水神社。衛星写真を確認してみると、ちょっと変わった風景だったので、足を運んでみることにしました。
はじめてのポツ神の風景に、ぼくは心を奪われました。夕日が反射し、あかね色に染まった田んぼ。田んぼのまん中にぷかぷかと浮いている小島のようなスペースに建つ鳥居と社。空気が爽やかで、音ひとつない。参道も見当たらない。なんだ、これは……と言葉を失いました。
ちょうど通りかかった地元の人に聞くと、かつてこのあたりは池で、その神社は池のまん中に浮かんでいたそうです。昔は船を漕いで参拝していたとも教えてくれました。
日本には、こんな風景がほかにもたくさんあるのではないか。こうして日本各地のポツ神を探して、訪ね歩くようになったんです。
ポツ神に魅せられた要因はもうひとつあります。それが、友人からドローンを格安で譲ってもらったこと。ポツ神をはじめて見つけたのは、ドローンを使ってどんな撮影をしようかなと考えている時期でした。人と同じことをしても、面白くありません。ドローンで廃墟を撮る人はたくさんいますが、ポツ神を撮影しようと考えているのは、ぼくだけ。
ポツ神と、ドローン。
「ひょっとして相性がいいんじゃないか」と撮影してみました。空から鳥の目で見るとポツ神の不思議さがさらに際立ちました。印象ががらりと変わったポツ神の写真を見て思ったんです。これだ、と。
それからですね。気合いを入れて全国を回るようになったのは。

グーグルマップの“違和感” をもとに車中泊で現場に向かう
写真集に収めたポツ神は、北は秋田県から南は鹿児島県まで18県に及ぶ。えぬびいさんは、写真集に収めた88宇の神社を含め、200宇から300宇のポツ神を訪れたという。これだけのポツ神をどうやって探すのか。グーグルマップがすべて網羅しているとは思えない。観光案内などに紹介されそうもないこぢんまりとした神社ばかりだ。地元の人以外は、存在すら知らないのではないか。しかも、えぬびいさんは、ふだんは食品メーカーで商品開発にたずさわる多忙な会社員だ。どのような撮影旅行をしているのだろう。
えぬびい Googleマップの衛星写真を眺めていると、田んぼのまん中に違和感を覚える“何か”がある場合があります。その違和感がある何かをひたすらチェックする。その後、数がたまってきたら、本当にポツ神なのか、現地で答え合わせをします。
チェックした撮影ポイントに向かうのは、仕事を終えた金曜日の夜。埼玉県の自宅を出たあとに車中泊をして、土曜日の朝から撮影をはじめます。現地に到着するとポツ神の場合もあれば、ただの森だったり、小屋だったりすることも少なくありません。逆に、クルマを運転しているときに「あれは、なんだろう」と立ち寄ってみたら、ポツ神だったということもあります。
地元の人しか知らないような神社を自分で探して、足を運んで、撮影する、その一連の流れが、ぼくは本当に好きなんです。
SNSでポツ神を公開しはじめてしばらくすると、出版社の編集者の方に写真集にしてみないか、と声をかけていただきました。それからは1年間、週末に移動して撮って、移動して撮って……の繰り返し。
せっかく写真集にするなら、春夏秋冬を記録した方がいいだろうと考え、1宇につき最低4回は通いました。ただ、4回では終われないんですよ。たとえば、春だとしたら、田植え前と田植え後の風景を収めたくなりますし、秋も田植えの前後で風景が変わります。
千葉県は、収穫時期が早い早生米の産地です。当初はそんな知識もなかったから、9月に撮影に行ったら、すでに稲刈りが終わったあとだったなんてこともありました。彼岸花が咲いたり、柿が実ったりする10月に訪ねた神社もあります。
冬も雪が降っているかどうかで異なる風景になります。天候や、気象状況によってもポツ神の表情はまったく違います。 季節の情感を出すためには、何度も何度も通う必要があったんです。正直に言えば、しんどいなって感じた瞬間もありましたが……(苦笑)。

江戸期以降の新田開発の名残が“ポツンと神社”になった?
写真集には、山形県と茨城県の神社がそれぞれ18宇、福島県と千葉県もそれぞれ10宇の神社が登場する。しかし同じ東日本でも栃木県が5宇、秋田県と新潟県が4宇、宮城県は3宇、岩手県2宇、神奈川県1宇と数にばらつきがある。
その差は何を意味するのか。
えぬびいさんは「確かに山形、福島、千葉、茨城にはたくさんのポツ神があります。はっきりとした理由はわからないのですが……」と前置きして解説してくれた。
えぬびい ポツ神が東日本に集中している理由は、西日本は山が険しくて広い田んぼをつくれる平地が少なかったからだと考えられます。
東日本のなかでも地域による差が出る背景にあるのは、田んぼがつくられた時期です。
調べてみると東日本では、戦がなくなり、政情が安定した江戸時代に一気に田んぼの面積が広がります。平地に田んぼが広がり、集落ができると田んぼや村のそばに農耕の神様などを祀る神社が建てられます。こうして日本の農村の原型が形づくられました。
その後、ポツ神が増えた原因と考えられるのが、1963年頃に制度化された、農地区画や農道などを整備した圃場整備事業です。圃場整備によって、入り組んでいびつだった田んぼは、大型の農業機械を導入できるように大きい区画につくり替えられ、土地権利の整理も行われました。いま多くの人がイメージする碁盤の目のような田園風景は、この昭和の圃場整備でつくられたのです。
当然、田んぼや集落の近くにあった神社も圃場整備に巻き込まれます。田んぼや農道、用水路は工事によって位置や形状は変えられますが、神社はそう簡単に動かせません。その結果、山形などの古くからの農村には、田んぼのまん中に神社が取り残されたのでしょう。
一方で、秋田県の八郎潟も田園地帯として知られています。ただし、八郎潟の干拓事業が終わったのは1960年代。圃場整備の必要がなかったせいで、ポツ神が生まれにくかったのではないかと思います。
「神社はそう簡単に動かせません」
えぬびいさんの言葉が、地域に根付いた信仰を物語る。日照りや干ばつ、水害、台風……。農業はいつの時代も自然に左右されてきた。人間はいまだに自然を思いどおりにできない。だからこそ、人々は豊作を祈り、実りに感謝を捧げてきたのだ。神社に祀られている神々の姿を知ると浮かび上がるのが、それぞれの地域の暮らしぶりや歴史である。
えぬびい ぼくがもっとも多く撮影したのが、稲荷神社です。稲荷神社には、主に倉稲魂命という穀物の神が祀られています。もともと豊作を司る神が時代とともに商売繁盛や家内安全などの神様として広く信仰されるようになりました。
ほかにも太陽神である天照大神や、雷雨と稲の豊作をもたらす建御雷神などの農業に関係する神様を祀った神社もたくさんありました。
茨城県の霞ヶ浦の近辺には水神社が建立されています。一般的には水を枯らさぬように水神を祀る場合が多いのですが、霞ヶ浦では、水神を水害除けの神様として祀っていました。かつて霞ヶ浦には堤防がなく、大雨が続くと湖水があふれて水害をもたらしました。地域の人たちは水害に備え、避難用の高床倉庫や、屋根裏部屋をつくったそうです。
農業関係の神様以外でよく撮影したのが、八幡神を祀った神社。八幡神社は日本でもっとも多い神社で、かつて武士が信仰し、戦死した人が祀られました。推測も入りますが、戦国時代が終わり、平和が訪れたときに元武士が開墾し、田んぼをつくった。彼らが信仰する八幡神を祀った神社を建てたのかもしれません。

火災除けや無病息災「ポツンと神社」はいまでも現役の“祈りの場”になっている?
えぬびいさんは、写真集を制作する過程で、田んぼの成り立ちや、圃場整備、神社の由緒、祀られた神々について調べはじめた。
現地に赴くだけではなく、資料を蒐集したからこそ見えてきた日本人の自然観や宗教観の変化、あるいは、地域社会における神社の役割への気づきがあったのではないか。
えぬびい 何も知らない状態で撮影をはじめたから、変化よりも新たな知識が追加されていくような実感がありました。古事記や日本書紀を勉強したり、農業の経験がなかったので田植えや稲刈りを体験できるイベントに参加したり、神社検定を受けたりしました。神社検定には落ちてしまいましたけど(苦笑)。
足を運ぶ中で実感したのは、ポツ神は、地域の人たちにとって、いまも祈りの場だということ。
茨城県石岡市の細内稲荷神社には、令和5年の新しい鳥居が奉納されていました。連綿と続いてきた静かな祈りの現場に触れた気がしました。
その文脈で思い出すのが、山形県米沢市の羽貫田稲荷神社です。真っ白に積もった雪に神社に向かう人の足跡だけが残っていました。神社を大切に思う地域の人たちの気持ちや、祈りが組み込まれた日常を知り、どこか温かな気持ちになりました。
独特のお祭りを続ける地域もあります。秋田県美郷町に建つ田岡稲荷神社の境内から湧き出る水は「田岡の稲荷清水」と呼ばれています。初午の日に、井戸から汲んだ御神水を自宅の屋根にかけて、火災除けや無病息災を祈ります。また茨城県土浦市の塚田稲荷神社では毎年2月に「おにぎり交換」が行われます。参拝者は奉納金とおにぎりを持参し、神社が用意したおにぎりと交換します。
中には、廃れるがままにまかせて、朽ちつつある神社もあるのではないかと想像する人もいるかもしれません。しかしぼくが知る限り廃墟になった神社はありませんでした。昨今の人口減少の影響で、神主さんや、管理されてきた方がいなくなってしまったにもかかわらず、地域の人が代わる代わる掃除や手入れを続けていたのです。それは、田んぼという生業の場に建つ神社だからだと思います。

「懐かしい」「癒やされる」 読者からの感想のワケは?
『田んぼのまん中のポツンと神社』をはじめて手にとったとき、風景が成立した背景や、農村の営みがまさかここまで掘り下げられるとは思ってもいなかった。えぬびいさんも「ぼくも思っていなかったです」と笑う。
えぬびい 「懐かしい」「癒やされる」……。読者の方々からはそんな感想が寄せられています。懐かしいと感じたとしても、農業にたずさわった経験がある読者の方は少ないと思います。農村で育った人も少ないかもしれません。それなのに、ポツ神は、懐かしさや癒やしを感じさせる。
日本人の心の中に農村への憧憬が刻まれている――読者の方々からの感想を聞き、そんな気がしました。
個人的に印象に残っているのが、富山県高岡市の春日社です。春日社がある砺波平野は田んぼのまん中にポツンと建つのは神社だけではありません。家々が田んぼの中に散らばっています。このような形の集落を「散居集落」と呼びます。
砺波平野の散居集落を撮影していると自治会長に声をかけていただき、古いモノクロ写真を見せてもらいました。100人以上の参拝客の集合写真に驚きました。いまの春日社から想像できない風景でしたから。その上、地域や、神社の歴史だけではなく、散居集落の成り立ち、圃場整備などについて教えてもらいました。それが、ポツ神を巡る旅のヒントになったんです。
実はぼくは、この日本最大の散居集落で生まれました。祖父母の家があり、両親もここで育ちました。ただ父が転勤族だった関係で、生まれて数カ月で山形に引っ越し、その後、福島、栃木、埼玉と転居を繰り返しました。記憶にないはずなのに、春日社を訪ねたときに異様な懐かしさを覚えました。砺波平野の散居集落に、山形や福島のポツ神……。
あらためて思えば、ポツンと神社の撮影は、幼い頃に目にしていただろう風景を、追体験する旅だったのかもしれません。
「私の地元にもこんな神社がある。今度、探してみる」
ポツ神の写真を見て、そんなメッセージをくれる人もいます。
ポツ神は、ぼくにとっては少し不思議で、郷愁を覚える風景ですが、地元の人たちにとって、大切な祈りの場でありながらも、日常にとけ込んだ当たり前の風景です。『田んぼのまん中のポツンと神社』が、地域の魅力や、歴史を見直すきっかけになればいいな、と思っているんです。(了)
《人物紹介》

えぬびい
都内在住の理系サラリーマン兼カメラマン。“田んぼのまん中のポツンと神社”に魅せられ、そんな“ポツ神”を自家用車で探しまくり、写真集を上梓してしまう。廃墟好きでもあり、自主制作本『日本奇景 The Strange and Unseen』などの著作もある。
《書籍紹介》
写真集『田んぼのまん中のポツンと神社』
「なぜこんな場所に神社が……?」
田舎をドライブしているとたまに見かける、田園地帯に忽然と屹立している神社。日本全国、そんな不思議な神社だけを自分の足で探し、そしてドローンも駆使してカメラに収め、1冊にまとめた渾身の写真集。美しい“映え写真”のみならず、それぞれの神社の歴史や地元の人々との交流も垣間見えるオトクな1冊。
著者:えぬびい 価格:2420円(税込み) 発売日:2025年3月25日 出版社:飛鳥新社

