介護サービスから日本の未来をデザインする・後編

ロングライフホールディング株式会社

1986(昭和61)年、ロングライフは大阪で創業。訪問入浴車1台でのスタートだった。当時はバブル経済時代の黎明期。創業者は自治体の担当者から「訪問入浴?そんなもの、だれが必要としているんですか?」と言われた。高齢者も社会福祉も重視されておらず、今日のような高齢社会・終活社会のことなど、ほとんどの人が考えられなかった時代である。そんな中で「介護はサービス業」として事業を進めた同社の歩みは、業界の凝り固まったイメージを覆していくヒストリーでもあった。その創業者の意志を受け継ぎ、2020年からロングライフホールディングの代表を務める桜井ひろみ氏が、今日の成長への過程と将来のビジョンについて語った。

ロングライフホールディング株式会社 代表取締役社長 桜井ひろみ氏

創業時から「全人的ケア」をめざす

創業者の一人で、御社の前代表である遠藤正一さんのお話に「介護はサービス業」「経営者目線ではなく、顧客目線が大切」という言葉があります。今だと当たり前に聞こえますが、創業当時、介護の業界ではかなり斬新な考え方だったのでしょうか?

桜井:その方が人生最終の期間、その方らしく最期まで生きられるお手伝いをするには、サービス業でないと成立しないというのが、創業者の考え方でした。それ以前は社会福祉法人様とか、医療法人様が高齢期のサポートをされていたので、体の介護にだけ焦点を当てていました。それに対して私どもは全人的ケア、人間まるごとのケアというのを大事にしていました。体だけ、あるいは体と心だけで人間は存在しているのではありません。それに加えて社会性とスピリチュアル(魂)の部分とがあります。
社会性は会社や地域など、いろいろなコミュティの一員としての役割のことです。そして、人間には自分が生きている価値を確かめようとする働きがあり、それが他者のために役立っているという実感を得た時に喜びが湧き上がる——それがスピリチュアルの部分です。体・心・社会性・スピリチュアル——この4つは、WHO(世界保健機構)の人間の健康を定義づける要素にもなっています。
人口の推移を見れば、1980年代から日本は将来、超高齢社会になるとすでに予測されていました。創業者はそれに向き合って、いずれ環境面の不備などが問題視されるだろうと考え、解決策を提示していく必要があると、強い意志・使命感を持っていたのです。

桜井さんは創業9年目(1995年)のご入社ですが、面接をされた遠藤さんは、芸大卒・舞台芸術の経歴を見て「そんな華やかな世界にいた若い女の子に介護はできない」と決めつけて採用しなかったそうですね?それでも諦めずに頼み込んだのはなぜですか?

桜井:私は学生時代も社会人になってからも大阪市内のボランティアセンターで高齢者向けの体操教室をやったり、ボランティアやアルバイトで特別養護老人ホームでのお手伝いなどの経験をして、とてもやりがいを感じていました。
けれどもその一方で、当時の特別養護老人ホーム・社会福祉法人では、病院のような無機質な環境に私自身は寂しさを覚え、入居者の方がもっと楽しいこと、これまでの生活でしていたことをできればいいのに、と思っていました。そしてできない理由に当時のこの業界に構造的な問題があることに気がついたのです。
そんな時、ある雑誌で(株)関西福祉事業社(当時の社名)が作った「ロングライフ長居公園Ⅰ号館」の記事を読みました。街の真ん中(大阪市東住吉区)にあり、わずか17室の小規模老人ホームで、運営は株式会社。制度に縛られず、自由な事業活動ができます。ここなら入居される高齢者の方一人ひとりの希望を叶えられるのではないか。自分の理想に近い介護の仕事ができるのではないか。いや、絶対できるはずだ。そう考えて強く入社を希望したのです。その頃は近所のパートさんを含めて様々な世代のスタッフがいましたが、私が一番若く、幸い、体も丈夫だったので、現場で懸命に働きました。

桜井さんの入社後、1998年4月に(株)関西福祉事業社は日本ロングライフ(株)に改名。翌年に宝塚市に認知症対応型共同生活介護グループホームがオープンしました。

桜井:ここは9人が1ユニットになり、それぞれの部屋があって真ん中にリビングダイニングキッチンがあります。認知症の方は時間など見当識に戸惑われることがよくあるので、自室のドアを開けると皆さんがいる。そこでご飯を炊く匂いや、お味噌汁のおだしのにおいを感じられ、食事の時間や状況が理解できて安心できる。そういった視覚や嗅覚など五感で感じられるようなケアを実践しています。
認知症は、どこで、だれが、どんなケアをするかによって、QOL(Quality of Life=生活の質)がまったく違ってきます。不安になった時には寄り添うことでそれを回避したり解決したりします。ご自宅でなく、ホームの中でも健やかな生活が実現できると考えて、こうしたグループホームに行きついたのです。

創業当時の訪問入浴車

「GFC(グッドフィーリングコーディネート)」の開発

遠藤氏は桜井氏に対して自分の見立て違いを素直に認めつつ、彼女の仕事に対する熱意と探究心に大きな可能性を感じた。そして「うちのライバルは、臨機応変に最高のサービスを提供するザ・リッツ・カールトンと、お客様と夢を共有できるディズニーランドだ。残念ながら今の国内の同様の施設からは見習うべきものは何もない。だから海外の実態を見てきなさい」と、入社間もない彼女をアメリカに送り込む。

どんな施設に行かれ、何を視察し学ばれたのですか?

桜井:ナーシングホーム、アシステットリビングホーム、アリゾナ州にある高齢者の街サンシティなどです。アメリカでは介護の世界でさまざまな試みを行っており、特に環境、建物やスタッフの関り方が入居者に与える影響がどれほど大きいかを学びました。
その他、会社としてデンマーク、スウェーデン、オーストラリアなど、各国をリサーチして、海外の成功事例、お客様の環境の問題・心の問題などを理解した上で発想と実践をケアに取り入れていかなくてはいけないことがわかってきました。
そしてメソッドの一つとして介護先進国のオーストラリアの〈ダイバージョナルセラピー〉をもとに「グッドフィーリング」というケアサービスを開発しました。

「GFC(グッドフィーリングコーディネート)」については専用の冊子を作っておられるほど内容豊かですが、あえて簡単に説明すると、どういうサービスでしょうか?

桜井:〈ダイバージョナルセラピー〉というのは、各個人がどんな状態でも、自分らしくよりよく生きたいという願望を実現する機会を持てるよう、その独自性と個性を尊重し、ケアするために「事前調査→計画→実施→事後評価」のプロセスに基づいてそれぞれの“楽しみ”と“ライフスタイル”に焦点をあてる全人的アプローチの思想と実践です。
GFCはこれを日本人に合ったサービスとして独自に発展させたもので、規則や管理で縛り付けるのでなく、お客様の思いや自由を尊重して、居心地の良い暮らしを支えていくことです。
ロングライフのサービスは、すべてこの「グッドフィーリング」の思想に基づいています。お客様お一人ひとりの心地よい環境をコーディネートしていくために、それぞれの人生における「文化と背景」をつかみ、「心地よい空間」「質の高い身体ケア」を提供しています。

するとホームに入居されている方々の暮らしは、具体的にはどんなスタイルになるのですか?

桜井:基本的に自由で、人それぞれです。たとえば、お部屋でピアノを弾くこともできるし、絵を描くこともできます。旅行、スポーツ、ショッピングも自由にできます。80歳を超えて“美”のコンテストに挑戦された方もいます。また、皆さん、音楽がお好きなので、各ホームで音楽のレッスンをしていますが、レッスンをする励みのため、シンフォニーホールでコンサートを開き、練習してきた曲を発表する機会も設けています。
その一方で、まだお仕事をされていてホームから出勤される方、食事も朝だけ食べて、あとは外で食べてくるという方、ご自分の役割としてお庭の手入れやホームで飼っている動物のお世話をされる方、男性の中には頼まれて楽しそうに大工仕事をされる方もいます。独自の世界を持っており、基本的に一人でいたいという方は、ホームにいながら一人暮らしをされている——そうした方のライフスタイルも尊重します。

利用者の方は「自分はこうしたい」と素直に言ってくれるのですか?

桜井:それも人それぞれです。概してお客様が口にされるのは「ニーズ」ですが、心の奥にはそれを超えた、あらまほしき願い——「ウォンツ」「ホープ」があります。それを私たちが確認し、ご提示することで、「ああ、私が本当に欲しかったのはこれだった」「あなたたちの提案で満たされた」と思っていただける洞察力・対応力を磨いていく必要があります。
そこがいちばん難しいところで、表面的な言葉だけではなくて、その方の人生全体を通して考えなくてはなりません。だからその方の人生の背景とか、それまでの生活・文化などをご家族からお聴きしたり、現在の身体や精神の状態と照らし合せながらケアをさせていただいています。

海外でも事業をされていますが、他国の方のライフスタイルにも、このGFCは有効なのですか?

桜井:GFCは“日本人に合ったケアの手法”と言いましたが、どこの国でも人間の真理という共通したベーシックな部分は同じなので、アレンジしながら国民性とか生活習慣とかを意識すれば、他国でも活用できます。
実際、中国のホームがオープンする時は3ヵ月程、中国のメンバーに理念を学んでもらいました。ベースがしっかりしていれば表現方法を中国の方向けに、あるいは他の国の方向けに合わせれば、どこでも通用することがわかっています。

レストラン(葛西)

本記事はweb用の短縮版です。全編版は本誌にてお楽しみください。

記事の全文は月刊終活 5月号に掲載されています

掲載記事

終活
2023.05.11